店長は声に出しながら、ぶつぶつと一人で考えはじめていた。店長の勢いに圧倒されてしまって、弥生は「はあ……」と、ところどころで相槌をうつばかりで、すこしあっけにとられてしまった。
「まあ、とにかくよ、カクテルなら座ってでも作れるだろ? うちのヤツも足手まといになるこたねぇよな?」
店長は少し照れくさそうに、弥生にそう言った。店長の頬は少し赤くなっているようにみえたけれど、弥生は気がつかないふりをした。
「弥生ちゃん」
みなもと商店街の本屋で、弥生は発売されたばかりのファッション雑誌を手に取っていたときのことだ。突然名前を呼びかけられた弥生はびくっと肩を震わせた。振り返ると、そこには稲田貴が立っていた。
「あぁ、びっくりした。稲田君か」弥生は手に持っていた雑誌を慌ててラックに戻した。
「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだけど」
貴はそう言いながら、すこし申し訳なさそうな表情をした。その表情は、店長とよく似ていた。
「ねえ、お母さんの怪我は大丈夫そう?」
「ごめんね、昨日は心配かけちゃって。骨にヒビがはいったみたいだけど、たいしたことないんだ。でも、テーピングして固定しとかなきゃいけなくて。当分はお店には出られなさそうでさ。結構おふくろ、しょげててかわいそうだったよ」貴はすこし目をこすりながら、話していた。昨夜はあまり眠れなかったのかもしれないなと、弥生は貴を見ながらそう思った。
「でも、弥生ちゃんが提案してくれた冷やしあめ? だっけ? なんか、ネットで取り寄せたりして、味の研究するって、おふくろ張り切ってたよ。ホッピーと相性ばっちりの特製ジンジャーシロップを作るってさ」
めんどくせぇよなー、と言いながらも貴の顔が笑っていた。その様子を見て弥生も安心したのと同時に嬉しくなった。
「そっか。ドリンクの開発なら座ってできるって、店長も言ってたし。元気そうで良かった!」
「おふくろさ、毎年祭りの時、すげー張り切るんだ。だから今年はもうだめだ……って。昨日病院でも半泣きだしさ。でも、昨日親父が帰って来てホッピーカクテルの話聞いてめちゃくちゃテンションあがってさ。親父も安心してたよ」
「そうなんだ。良かった!」思い出の飲み物が、こうして誰かのためになるなんて。弥生にとっては思いもよらず、すこし照れくさかった。
「八百虎でショウガとレモン買ってこいって頼まれてさ、いまその途中。電話で注文して、配達してもらえるのに、待てないんだってさ。人使い荒くて困るよ」貴は頭を掻きながら、わざと口をとがらせた。弥生は「えー、親孝行じゃん」と、ちょっとだけからかった。
「おふくろが店に行けない分、一緒にバイト入る日もあると思うから。よろしくね」