「母を、清美おばさんの妹を、今日この場にお連れできなくて、本当に申し訳ありません」
何が理由なのかは一切言葉にせず、頑なに参列を拒み、香典だけを雄一に押し付けたまま、独り暮らしの部屋に籠城状態を続ける、自身の母の非礼を、雄一は自らの言葉で一生懸命に詫びていた。
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「気にしないで。由紀子のことは姉の私が一番わかってるつもりだから。それより立ち入った話でゴメンだけど、雄ちゃん、やっぱり今も由紀子と同居は無理でも、近くで世話してあえるつもりは・・・」
何とも申し訳なさそうな清美おばさんに、雄一はハッキリと
「はい。これだけ疎遠と勘当の間の距離感で生きてきましたから、いまさら距離を近づけ過ぎても、喧嘩になるだけですし、それが母の心身にも悪影響になると思っています」
一同は黙って耳を傾けてくれていた。
「みなさんもご存知の通りの、あの性格と人あたりです。独り暮らしを謳歌しているみたいですし、ご近所には常に注意を払ってくださる、母より若い世代の方々もおられます」
雄一は言葉を噛み締めるように語り続けた。
「だからそうした方々に感謝を伝えることで、常に連絡網は確保しています。何より私にも仕事と日々の生活があります。お恥ずかしい限りですが、彼女を迎え入れる、受け入れる度量は自分にはありません」
この葬儀が一段落つけば、間違いなく始まるであろう、山口清美の自宅介護という現実を前に、常男と美子は姿勢を正して、じっと雄一に真っ直ぐな視線を送り続けていた。
「みなさんには事後報告という失礼な形となりましたが、数年前に父を見送った時のように、一人息子としてあと1回、母を見送る責任は果たしてみせます。だから・・・だから、って何だか卑怯ですけど・・・」
一呼吸置いて、数十年間の心の中の引っかかりを、この一言にこめて。
「自分が幼い頃から、父と時に母までもがみなさんに届け続けていたらしい、失礼な言葉の数々、許してくれとは申しませんが、自分からのお詫び、どうか受け取ってやってください。本当に申し訳・・・」
深く頭を下げたその直後、不自由な片足を引き摺るように近づいた清美おばさんは、背伸びするように雄一の頭に両手を添えて、一生懸命持ち上げようとしてくれた。
それは幼い日、理由もなくその場の癇癪の矛先とされ、父親に怒鳴られ殴られ玄関から放り出され、走って逃げ込んだ雄一をやさしく受け入れてくれた、あの日の清美おばさんだった。