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「ど、どうしたんですか?これ・・・」
数分までの涙と鼻水でグシャグシャから一変、キョトン経由で妙な笑顔未満の、これまた説明がつかない表情の雄一の声は、微妙に裏返ってしまった。
机の上には冷えたホッピーの茶色い小瓶が6本と、このような席には一般的には不釣り合いとされるであろう、常男と美子のドヤ顔がふたつ。
「さっき出棺前に雄ちゃんがホッピーの写真を棺桶に入れてくれただろ。あれでピン!ときて、葬儀業者さんに無理言って、急ぎで手配してもらったんだ。何よりオヤジが飲みたかっただろうしね」
精進料理にホッピーの組み合わせは全国的に見ても珍しくも、.変わったことや新しいことが大好で、何より水代わりのホッピーだった、山口信男というひとりの男には、何より粋な計らいに違いなかった。
見れば遺影の笑顔はドヤ顔どころか「いえいっ!」と嬉しそうな表情を浮かべているようで。
「それじゃ信ちゃんおじさん流でいただきます!」
まずは栓抜きで蓋を3回しっかりと叩き、数回開け損ねたタイミングで「あれ?」と首を傾げる、故人の一連の動作の物真似に、山口家の4人全員、早くも笑いを堪え切れず。
続いて赤文字でホッピーと書かれたラベルを真上の位置に、顎を必要以上に引いて背筋を伸ばした姿勢から、手首だけで瓶の角度を変えながら、一気に飲み干す少し手前で一息。
この細かい形態模写に
「ちょっと雄ちゃん・・・よくもまあそんなところまで・・・ホントそっくり」
随分以上に細くなってしまった清美おばさんからの、そんなお褒めなのか呆れなのか、とにかく懐かしくてやさしい、あの頃そのままの声が嬉しかった。
「庭のォ 鶴亀がァ・・・」
断片的に記憶に残る節回しで唸ってみれば、次のリアクションは当然ひとつ。
「ドソラソ ドソラソ ミミレレド」
一瞬ピタリと止めて数秒の空白から、ふたたび同じフレーズを唸り始めてみれば、今度は美子おねえのお嬢さんも加わっての
「ドソラソ ドソラソ ミミレレド」
「くぉらああああああっ!黙らんかああああっ!」
振り上げた拳ならぬ小瓶の底に僅かに残る中身を、何とも愛おしそうに飲み干せば、これで『パフォーマンス・山口信男・お題目は鶴亀』が無事終了。
パチパチパチ。
葬儀会場で拍手を誘ってしまったとは、さすがに羽目を外し過ぎたかと、またあしても一気に反省モードの雄一に、今度は清美おばさんが泣き笑いの表情でこんなふうに。
「雄ちゃん、今日はホント、忙しい中来てくれてありがとうね。それに・・・こんなにお父さんのこと、ハッキリと覚えていてくれたなんて・・・」
この一言に、雄一は条件反射的に、昨日と今日、果たして声にすべきか否か、この時まで迷い続けていた、避けて通るべきではない話題の扉を開いていた。