ちなみに着信先は雄一が構える事務所の業務用アドレス。
Facebookなどのネット上のコミュニケーションツールとは無縁の雄一の連絡先を、他の親族経由で集めた近況情報を手掛かりに、常生が探し出しての連絡だった。
「こんな大変な場面で、よく俺なんかのことを思い出してくれたな・・・」
正直不思議な印象が否めずも、その理由は翌日に明らかとなる展開を、この時点では知る由もなかった。
7
「雄ちゃん、随分遅くなっちゃったけど、これ受け取ってあげてくれるよね」
差し出された黄ばんだ小さな直方体が何なのか、俄にはわからなかった。
老眼が進む雄一は、とりあえず片手でそれを一旦受け取り近視用の眼鏡をひょいと上に上げ、裸眼で見つめること数秒で視界が曇ってしまい、強く瞼を閉じて奥歯を噛み締めた。
『おとしだま 信男おじさんより』
極端に右肩あがりの懐かし過ぎる黒い文字が、滲んで霞んで捉え切れなかった。
今となっては誰の何の意図も見当たらずも、結果として次第に広がる距離感と、ただ流れ続けた膨大な時間。
山口家の引越しから数年間はそれでも、年賀状と暑中見舞い、それに稀に親族一同が母方の実家に集う機会にも恵まれ、幾度か同じ時間を過ごせるも、それらも自然とフェードアウト。
常男おにいに続いて美子おねえが結婚する頃には、すでに地元を遠く離れていた雄一には結婚式への招待も届かず、キチンとした結婚式を挙げていない雄一もまた、招待できぬまま。
常男おにいが最近離婚していたことも、美子おねえが幼い一人娘を連れて早々に実家に戻った後、シングルマザーとしての子育てから父親の介護に奮闘していたことも、何も知らなかった。
「今度雄ちゃんが遊びに来たなら、まずはこのお年玉をあげるんだ。そこから時計がまた動き始めたなら、追っ駆けるように毎年あげるから、まずはこれを渡さなきゃ」
晩年病に倒れた後も、枕元に置いた小さな引き出しの一番上にずっと準備し続けてくれていたらしく、ポチ袋の黄ばみの原因は、色焼けプラス引き出しの木の色の移り込みだった。
破れないようにそっと封を開けてみると、綺麗に三つ折りされた、遠い記憶の中の旧五百円札が1枚。
長過ぎる時を経て、今こうして確かに頂戴したにも関わらず、直接お礼を伝えることも、次に自身の両手を差し出すことができない現実。
「あれだけ世話になるだけなって、俺というヤツときたら・・・」
深々と黙って一礼から、耐え切れず部屋を後にしてしまった雄一を、暫しの時間の後に呼び戻しにきてくれたのは、意外にもこの日が初対面の、美子の一人娘だった。
「あの・・・」
雄一のことを何と呼んでよいのか迷ったらしく、それでも事の経緯を聞いて理解してくれていたのだろう。
「部屋で冷えて待ってるのがありますから、戻っていただけませんか?」
大学卒業後どこかで働いているとだけ、風の便りで聞いていた彼女の表情にも、信ちゃんおじさんの面影が確かに色濃く感じられた。