その日は帰路軽く一杯ひっかけたのだろうか、普段以上にご機嫌モードで帰宅した信ちゃんおじさんは、ポケットからマッチ箱をふたつ取り出し、自身の息子と娘にひとつずつ。
パッケージには花札の綺麗な模様が描かれた美しいデザインで、雄一は条件反射的に自分の分が差し出されるのを待ち構えるも、現実はそこまで連日の小さな押しかけ来客に甘くはなかった。
大好きな伯父さんは雄一など存在しないかのような立ち振る舞いから、こんな一言を呟いたのだった。
「悪い遊びを教えると、俺が叱られるし、矛先が由紀子やこいつらに向いても申し訳ないからな」
将棋と囲碁こそルールを知っているらしくも、真剣勝負で負けてしまうと癇癪を起こし、その瞬間からそれも『悪』となってしまう父親の存在が、恨めしく脳裏を過ぎった。
トランプや花札、ましてや麻雀など、ルールを覚えて人の輪の中に入るつもりも姿勢も無いばかりか
「あんなのに興じる連中は◆◆だ」
お得意の差別侮蔑用語で一刀両断の父親が、大好きな伯父一家を理由なくこんなふうに吐き捨てる、悲し過ぎる場面も知っていた雄一にとって、この一言はいわゆる『出禁通告』と響いて当然だった。
「ごめんなさい」
いつもとは違う一言を残して帰路に着いて以来、ピタリを遊びに行くのを止めてしまったのは、小学校2年生進級目前、冬から春の雪がちらついていた。
5
前日の通夜からの一連の流れも、家族以外のいわば部外者は雄一だけの顔触れの中、精進落としの時間を迎えていた。
ようやくお目にかかれた清美おばさんは、年齢と数年間の自宅介護の心身の疲れからだろうか、かつての活き活きとした面影もなく、さらには片足の具合も悪いらしく、立ち座りも大変そうだった。
「失礼ですが・・・どちらさんですかね?」
白が目立つ長髪を束ねた髭面の雄一を、暫くは葬儀業者のスタッフと思い込んでいたらしく、
「何言ってるの?雄ちゃんだよ。由っこねえちゃんの息子、母ちゃんの甥っ子の雄ちゃんだよ」
美子のそんな一言にも、ポカンとした表情を浮かべたままで、これまた数十年振りに再会を果たせた美子おねえは、記憶の中の清美おばさんその人と映っていた。
「うわっ!?ホ、ホントに雄ちゃん!?」
葬儀という厳粛であるべき状況下での第一声の末尾が、ビックリマークとクエスチョンマークの連打の声の主は、すっかり頭部が寂しくなるも、これまた記憶の中の信ちゃんおじさんに酷似の常男。
「常おにい!ご無沙汰でしたっ」
再会の嬉しさに思わず声色口調が弾むだけでなく、表情まで緩んでしまいそうな自身に、雄一は慌ててブレーキをかけた。