榎本さんも面倒見が良い人で、西山さん同様、僕ら後輩には優しかった。西山さんと違うところは、信じたことは直球でぶつかって行く熱血タイプで、上司、得意先とよく喧嘩をしていた。西山さんはというと、熱い想いを持っている人だったが、周りと争わず、出来るだけ協力して仕事を成し遂げて行くタイプ。榎本さんが喧嘩した後、良く西山さんが火消しをやっていた。
(トシちゃん、また迷惑かけたね)
飲み屋で、榎本さんが西山さんに言う定番のセリフ。トシちゃんというのは、西山さんのことだ。
僕らが、(また、喧嘩したんですか!?)とか、(西山さん、災難だなー)とか、茶化すと、(うるせー!お前らヒヨッコには、まだ分からないの!)と、僕らの頭を軽くポカッと叩きながら拗ねた。そんなとき西山さんは、恵比寿様のような笑顔で、(いやー、エノちゃんが正しいんだよ。僕もスッキリしてねー。さっすが、エノちゃんって感じだよ。まあ、僕は喧嘩する勇気がないから、戦後処理をやるんだよ)と、これまた定番のセリフを言う。
僕らはそんな関係だった。
「榎本さん、ご無沙汰しています……。西山さんがこんな事になるなんて……」
榎本さんは空いている僕の横に座ると、「末期ガン……、半年前に見つかってね……。治療しろって言ったんだけど、あいつ、もう充分生きたって、積極的治療しなかったんだ……。周りに言うなよって秘密にしていたから、お前が知らないのは仕方ないよ」と事情を手短に教えてくれた。
僕は、残念な気持ちと、西山さんらしいなという想いが混在し、ハァと首を垂れると、しばらく俯いてしまった。久しぶりに会った榎本さんなのに、何を話せば良いのか分からなかった。榎本さんもそれ以上、話かけてこず、気づくと、遺影をじっと見つめていた。
しめやかに、かつ順調に、葬儀が進み、出棺の時を迎えた。
――葬儀って、ビジネスのように進むんだな……。
実際はそんな事ないのだろうが、現実感の無さが僕にそう思わせていた。
最後の花入をする。
棺の中の西山さんは痩せていた。僕の知っているポッチャリした西山さんではなかった。
――きっと、現実なんだ……。
西山さんの笑顔を思い出す。
――すみません……。お見舞いにもいかず、すみません……。
(秘密にしていたから、お前が知らないのは仕方ないよ)と榎本さんが言ってくれたとはいえ、何だか自分に失望する。
視界が滲み、花を持った手が震えていた。
花を西山さんの顔の横に置いた時、堪えきれず涙が頬を伝う。
――西山さんがいなかったら、今の僕はない……。
涙で西山さんの顔が見えなくなったが、僕はそこにしばらく立ち尽くした。
目の前にスッと白いものが現れる。良く見ると、榎本さんがハンカチを差し出していた。僕と目があった榎本さんが頷く。僕は、ハンカチを受け取ると涙を拭きながら、棺から離れた。
僕に代わって、榎本さんは西山さんの顔をしばらく眺めていた。
「トシちゃん、またな」