ある年のお盆、庭に小さなプールを出して水遊びをした。木陰に置いたプールで「きゃっきゃ」とはしゃぐ楓と翔太。その側から水鉄砲やジョウロで水をかけてやると、さらに大きな笑い声をあげて喜ぶ。
ふと、縁側に目をやると、胡座をかいてその様子を眺める親父の姿があった。僕の頭の中に、庭で姉と遊んだ二十数年前の記憶が蘇った。姉に遊び道具を取られて、泣いてばかりいたあの頃。
「こらこら、梓。広樹にも貸してあげなさい、お姉ちゃんだろ」と、親父が縁側から声をかけると「だって!」と、姉は口を尖らせて強い口調で言い返す。親父の負けず嫌いは姉が譲り受けた。
親父はいつも縁側から僕たちのことを見守っていた。
僕は冷えたジョッキを持って親父の隣に座った。その後ろ姿は随分と小さくなったものだ。
「ほら」
ジョッキに焼酎、そしてホッピーを勢いよく注いで差し出す。
「真っ昼間だぞ」
「いいじゃん、たまには」
僕がジョッキを少し上げると、親父も同じように返した。
それまで仲良く遊んでいた楓と翔太だったが、突然、楓が翔太の手にしている水鉄砲を取り上げた。
「それ僕の!」と、翔太がベソをかく。
「翔太ばかりズルいでしょ!」
翔太は今にも泣き出しそうな表情を見せたかと思うと、すぐに大粒の涙が頬を伝った。
「こらこら楓。仲良く遊びなさい」
親父が優しい口調で楓を叱った。
「だって!」
楓が頬を膨らます。それでもさすがは子ども同士。すぐに機嫌を直して再び仲良く遊び始めた。
「こうやって見てたんだな」
「ん?」
「僕たちが遊んでいたのを親父はこうやって見てたんだな、と思ってさ」
「ああ。お前も親になってわかるだろ」
すると、翔太がやって来て不思議そうな顔で「ねえ、じいちゃん、なに飲んでるの?」と尋ねた。
「これはホッピーていう大人の飲み物さ」
親父が返すと、翔太は目を大きくした。
「え?ハッピー?」
僕たちは思わず笑って顔を見合わせた。
「ああ、ハッピードリンクて言ってな。幸せになる飲み物さ」
「ふーん」と、翔太は分かったような、分かってないような顔をして首を傾げた。