そして、そういうきっかけを見計らっているうちに、俺の恋はいつも終わっていってしまうのだった。あの時もその時も、小学校の時だってそうだ。
その日は朝から強い雨が降っていた。傘がぶつかり舌打ちされ、大きな水溜りに足を突っ込み、朝食用に買ったおにぎりの鮭はちっぽりとしか入っていなく、同僚からネクタイがダサいと言われ、いつもの缶コーヒーは売り切れており、とにかくまあ散々な1日だった。夜はまた四人でししゃも屋に集まることになっていたのだが、なんとなく、悪い予感がしていた。俺の人生において良い予感というのは殆ど当たったためしがなく、悪い予感の的中率はすこぶる高い。漠然とした不安が、澱のように積もってゆく。せっかく吹江と会えるのにこんなことでどうする。嫌な予感なんぞホッピーで呑み下してやれ。そうだそうだ。精一杯、己を鼓舞してからししゃも屋に向かったのだが、やはり悪い予感は的中することとなる。
「紹介したい人が、いるのよ」照れ臭そうな、どこか嬉しそうな吹江の口ぶりは、アルコールで緩み始めた俺の脳味噌を「きゅっ」と締め付けた。
「あ、もしかして例の彼氏さんですか」小山内の言葉に「きゅっ」どころか「ぎょっ」として尋ねた。
「彼氏さんて、なんだ」
「ほら、こないだちらっと話してたじゃないですか、古着屋のオーナーやってるっていう年上の彼氏さんですよ」
「なにそれ」
「覚えてないんですかあ」小山内も吹江も吹き出した。
「そういえばあの時、結構酔っ払ってましたもんね」妹ちゃんも微笑んで言うのだ。自分だけ、異次元に迷い込んでしまったような孤独感が一挙に押し寄せる。言われてみれば、古着の話をしたような気もする。しかし彼氏がいるなどという大事な話を忘れるものだろうか。危険察知した脳がアルコールをうまく利用して記憶消去に及んだのかもしれない。いずれにせよ、なぜ君たちはそんなに楽しげなのだ。俺と吹江の仲を取りもってくれるような雰囲気だったじゃないか。俺だけが勘違いして舞い上がっていたのか。
ーー小関さん、鈍感すぎますよ
小山内がしきりに言っていたその言葉が何度も頭の中で反響した。こういう意味だったのか、と自分の愚鈍さに絶望しているうちに会話はどんどん進んでゆく。
そんでね、生ホッピーの会の話をしたら彼も参加したいって言ってて。呼んでもいいかな。もちろんっすよ。じゃあちょっと電話してくるね。妹ちゃんは、会ったことあるの。ありますよ。見た目は個性的ですけど、すごく良い人で。個性的ってどんなの。そうでスネエナンテイウカウンヌンカンヌンウンヌンカンヌン。
「小関さん、どうしたんですか」突然妹ちゃんが俯いている俺を覗き込んできた。あまりにも心配そうに言うものだから、心も視界も揺らぎ始めた。俺の右目から、小さな涙の粒がこぼれ落ちる。妹ちゃんと目が合う。
その数秒間、時の流れは確実に緩慢になっていた。周りの喧騒は消え去り、妹ちゃんのつぶらな瞳に自分が吸い込まれてゆくような錯覚を覚えた。
「なんか、目が痛くて」ゴシゴシと目を擦る俺に、妹ちゃんはなにも言わずハンカチを差し出した。何かを、察したような様子で。
「コンタクトずれたんすかね。ソフトでしたっけハードでしたっけ。ソフトだったら俺、目薬持ってますよう」小山内は自分のバッグをごそごそとまさぐっている。俺も大概だが、お前も相当な鈍感だぞ。あと俺はコンタクトレンズは着けていない。「大丈夫。ありがとう」