試合が終わると家族が来ている人は現地解散になった。
「大樹、惜しかったな、もうちょっとだったな」
「おしぃくないよぅ、うっううぅ」
僕は試合直後から涙が止まらなかった。せっかく見に来てくれたのに三振した。初めて野球で泣いた。悔しくて、悔しくてどうしようもなかった。顔を上げることができず俯いていた。
「けど、あたったじゃない?」
「……ファールぅだよぅ」
「いや大樹。なかなかよいファールじゃったぞ」
「……そんなぁ、ファールぅないようぅ。そのあとぅ空振りぃしたぁしぃ」
「いいじゃないの! お母さんにとってあれはホームランと一緒よ! はい、もうメソメソしないのっ」
お祖父ちゃんが僕の全打席を二人に報告し始めた。今までの試合も全部三振だったけど今日はお父さんに「バカたれが!」と怒鳴られた。
今まではバットを振ってあたらなかった三振だからいいけど、ボールの見極めでもなく振らなかったことは許せないらしい。
僕は悔しいやら情けないやらの感情に押しつぶされて一度も顔をあげることができなかった。
「なあ大樹、絶対にさっきのファールは忘れるなよ! あれは次につながるぞ」
「……う、うん」
涙が止まらなかったけど、家族が応援してくれて、僕のことを気にかけてくれて嬉しくも感じた。
「なあ、せっかく広いグラウンドだし親父もいれて三人でキャッチボールしないか? 家の狭い庭より面白そうだしよ」
「あっ、男だけでズルーい。私も混ぜてよ」
「ん、お前、大丈夫なのか? もし、よさそうなら……するか? キャッチボール」
「大丈夫よ、もう! けど私、バッターボックス立ちたいんだよね。ちょうどそこにバットもあるし。人生初なのよ! ねっお願い!」
お母さんの声を聞いていると、ホームランの約束が守れなかったことへの悔しい感情がいっそう押し寄せてきた。
「うーん。それなら俺がキャッチャーするから大樹がピッチャーな。ほら、大樹。いいかげん顔を上げろ。それと、親父はセカンド辺りにいてくれ」
僕はいいかげん泣き止まなきゃと、アンダーシャツで涙を拭いながらマウンドに上がった。
「よーし! 大樹ー、投げていいぞっ」
お父さんがミットをバンと鳴らしながら僕に声をかける。
「さあ大樹、きなさい! お母さんがホームランのお手本見せてあげるから!」
(お母さんが打席で待っている。泣いてなんかいられない。ホームランはダメだったけど練習して、上手くなった成果を見せてあげなきゃ。よし投げるぞ)
僕は深呼吸して顔をあげた。
「…………」
寒気がした。バッターボックスに立つお母さんは、僕の知っているお母さんじゃなかった。痩せていて、青白い顔をしていて、風が吹けば飛んでいってしまいそうなペラペラの紙のように見えた。