「もう、バカねえ、大樹は! 死ぬわけがないでしょ。治るって言っているでしょ」
「本当に治るの?」
「絶対に治る! 安心して、お母さん嘘言ってないから。百歳まで生きるんだから」
(あ! 本当だ。左眉を触っていない! 嘘じゃないんだ。治るんだ)
「本当に大丈夫だよね?」
「大丈夫よー、もう大樹は心配性なんだから。さっ、これで話は終わり! お腹すいたー、ご飯にしましょう!」
左眉を触る仕草をしていなくて、お母さんは大丈夫だと思うと安心した。
その日の夕食は揚げ物だった。一昨日の出前の揚げ物は味がしなかったけど、今日はしっかり味がした。昨日は「いただきます」と「ごちそうさま」を言わなかったから、まとめて二回言った。
半年が経過した。お母さんはこの頃病院に行く回数が増えている。心配でついて行こうとすると『お母さんの事は心配しなくても大丈夫だから、大樹は好きなことを頑張りなさい』といつも追い返される。
特に好きなことは無かったけど、以前にお母さんが僕のホームランを見たいと言っていたので野球を頑張ることにした。
ヘタだから部活だけでなく、家の庭でも素振りをして、お父さんに手伝ってもらいバッティングや捕球の練習もした。一度、お父さんのあげてくれたボールに、思い切りバットを振ったら家の窓ガラスがバリンと割れた。お祖父ちゃんが割れた窓から顔を出し『誰じゃー、バカタレー!』と笑いながら叫んでいた。お父さんは『うちは住宅密集地じゃないからまだいいが、今のバッティングは試合にとっとけ! とりあえず、ナイスホームラン!』口角をあげニヤリと嬉しそうにしていた。
毎日頑張っていたら、顧問の先生も認めてくれて次の試合からレギュラーになった。
お母さんが喜ぶと思ってすぐに報告をした。
「うそー、大樹やったねー!」
お母さんは大喜びで僕に抱きついてきた。
「…………」
抱きつかれたとき僕は違和感を抱いた。(なんか、少し薄い)
「次の試合、絶対見に行くからね」
「…………」
(え、なんだろう、見た目は変わらない、痩せてはないと思う。けど薄い気がする)
「なに、黙っているのよー」
「ううん、何でもない……それよりさ、次の試合で僕、絶対ホームラン打つから。お母さん絶対に見にきてよね」
僕は咄嗟にホームランを打つと言ってしまった。
「おっ、言ったねー。絶対見に行くから。はい、約束!」
僕はお母さんと指切りをした。
お母さんが薄いと思ったのは気のせいだと自分に言い聞かせた。
大会の一カ月前にお母さんは入院した。
僕が学校から帰るとお父さんから、二週間だけ検査で入院すると教えられた。
お見舞いに行くと言ったら『バカだなー大樹、ただの検査でお見舞いはないぞ。それよりお前、ホームラン打つ約束したんだろ? お母さん、楽しみにしていたぞ。お前が今、すべきことは練習だろうが』とお父さんは力強い声で僕の背中をポンと叩いた。