「ねえ、何で病院に行ったの?」
「ごめん、ごめん、ちょっと風邪ひいちゃって」
僕はすぐに嘘だとわかった。話しているとき眉を触っていたからだ。お母さんが嘘をつくときは左の眉毛を眉の頭から眉尻にかけて手でなぞる仕草をする。
「本当は何で病院に行ったの?」
「もう、だから風邪よ」
嫌な予感がして何度も訊いたけどお母さんは左眉を触りながら風邪だと言い続けた。お父さんにも訊いたけど返ってきた答えは風邪だった。
僕はどうしても本当のことが知りたかったので、教えてくれるまで家族の誰とも口を利かないでおくことにした。
その日は「いただきます」も「ごちそうさま」も言わなかった。朝出る時につい「行ってきます」は言っちゃったけど。
翌日、学校から帰ると、お父さんとお祖父ちゃんがご飯を食べる時のダイニングテーブルに隣同士で座り真剣な顔をしていた。お母さんは向かいに座り僕を見ると微笑んでいた。目が合うとお母さんが隣に座るようにと、イスを引き手招きしてきた。
椅子に座るとお父さんが咳払いをした。
「大樹も、もう物事の分別はつくからちゃんと話そうと思う、いいか大樹」
「……うん」
普段の低くて張りのある声ではなく、ただ低いだけの声に緊張した。
「一昨日な、お母さん仕事中に貧血を起こしたんだ。それで病院にいったら、貧血自体はたいしたことなかったが、先生に精密検査を勧められてだな……」
「……うん」
お父さんはこれ以上言いたくないのか黙り込んでしまった。重苦しい空気を感じていると、お母さんが僕の顔を覗きこんで、笑いながら僕のよれていた襟を直してくれた。
「ねえ……お母さん、本当のこと教えてよ?」
「大樹、お母さんね、病気になっちゃったの。ガンだって。けどね、安心して、お母さん体力には自信があるの。すぐに治るから!」
「…………」
後ろからハンマーで頭を叩かれたような気分になった。「ガン」という言葉にお祖母ちゃんのことが頭に浮かんだからだ。お祖母ちゃんは僕が生まれる前に亡くなっている。親戚の集まりの時に死因がガンだったと大人が話しているのを聞いたことがあった。
もしかしたらお母さんも……そう思うと不安で怖くなった。
「もう、なに暗い顔してー? すぐ治るって話したでしょ!」
「…………」
動揺して意識していなかったけど、お母さんが左眉を触っていない気がした。確認しようと思った。大丈夫かもしれないと少し期待を抱いた。
「……死なない?」