キクジロウが死んだ二日後、帰省した弟を含めて家族全員で彼を荼毘に付した。これからはキクジロウが風の中で私たち家族を見守ってくれるのだ。悲しみと苦しみを抱えながら生きて行くであろう私に「本当にお前がしたいことはそんなことなのか」と、ずっと案じ続けてくれるのだ。月並み過ぎると人は笑うのかもしれないが、私はそう思いながら秋空へ昇りゆく野辺の煙を見つめていた。娘が生まれたのは更にその五日後のことだった。
「お前にはお前のやるべきことがあるだろう、お前はいつまでも悲しんでいる場合ではないだろう」病院からの帰り道、早速キクジロウにそう言われた気がした。
目の前のマルチーズは娘の姿を認めると、突然走り出した。飛び跳ねるような走り方で娘の元へ駆け寄ってくると、娘の小さな手を優しく一嘗めして、忙しなく尻尾を振り続けている。私が驚いたのはその手の嘗め方がキクジロウのそれととても良く似ていたからだった。リードを離してしまった男性は慌てた様子で追いつき、苦笑いを浮かべながら簡単な謝辞を述べた。そして再びマルチーズに引っ張られるようにして歩き始めた。マルチーズは意気揚々と進んでいく。
「わんわん、かわいかったねえ」
娘は遠ざかっていくマルチーズを目で追いながら私に言った。私は娘を抱き上げると、遠退いていくマルチーズの後ろ姿を見つめていた。
「この子と会わせてやりたかった」私は呟いた。
夕日を浴びた白い毛並みが秋風に柔らかく揺れている。私はもう一度息を大きく胸一杯に吸い込んだ。ふと涼風の中に、キクジロウの声がした気がして私は再び歩きだす。