話は変わるが、我が家には中学三年生になるひとり娘がいる。名前を花子と言う。親バカだろうか? ずいぶん可愛いと自分は思っている。いやいやほんとに可愛いのだ、うん。ところで中三と言えば受験生である。
次の日の朝、出かけに花子が妻に唐突にものを言った。
「わたし高校行かずに働こうかな… 」
その言葉は少し離れた自分の耳にもはいった。
「えっ? なによ突然」驚いた表情をして、妻は返した。
「うん… 」娘は下を向いた。それから壁の時計に目をやり、
「あっ、もう行かなきゃ。じゃあ、行ってきます」と言って、急ぐように玄関を出ていった。
清美が自分のもとにきて言った。
「急に花子、高校行かないで働こうかな、なんて言うのよ」
「うん」と、自分は妻に困った顔をしてみせた。
「仕事がなくて家計が苦しいのわかっていて、気をつかって言ったんだろ」
「そうねえ… 」
娘に金のことで気をつかわせてはいけないと、彼女の前では苦しいそぶりを見せぬよう、妻も自分も努めて明るくふるまっているつもりなのだが、やはりわかるのであろう子供にも、実は台所が火の車なのだと。
「うん、大丈夫!」と妻は、自身に言い聞かせるよう明るく言った。
「だよな、なんとかなるさ」と自分も妻に、明るい顔をしてみせた。
ちゃちゃっと工場の掃除をして、さてギターでも弾こうか、と自分がギターを手にした時、近所で食堂をやっている幼なじみの浩がやって来た。
「おはようさん! おーい昭次いるかい」
「おう、おはよう。浩朝からどうした? 」
「ああ、ちょっと相談があってな。てか、お前ギターなんか持って、さてはまた仕事さぼって弾いてたな」
「ばかやろう、弾こうと思った時にちょうどお前が来たんだよ。だから弾いてない」
「なんのこっちゃい。弾いてたも一緒のこった」
「まあな。で、相談てなんだよ? 」
こんなところで立ち話をしていてもなんなのでと、ふたり事務所へ行きテーブルをはさみ対面し座った。テーブルの上、清美がお茶とお菓子をだしてくれた。浩がひと口茶をすすってから口を切った。
「こんど車を買いかえようと思ってるんだけど、どの車にしようか迷ってるんだよ」
「ほほう、そりゃ景気の良いこってまったくうらやましいよ。店もいつも繁盛してるもんな。その景気を俺にもちょっとわけてくれよ」