「お帰り、亜紗見。早く入りなさい」
そう言うと、早足で風呂場へと入って行った。
……。
「湧いてるわよ!」
「まじで」
今度は弟の淳平が出てきた。
「姉貴、お帰り」
タオルを肩にかけた淳平が私を通り過ぎ、風呂場に入って行く。
「た、だいま」
私は一瞬、高校時代に戻ったような気がした。しかし、熱くなった瞼と真っ赤な目は高校時代に味わったものではない。
私は、大きく息をはくと靴を脱ぎ、家の中へと上がった。
何だ?この知り合いの家のような感覚……。
私は、急に不安になり、自分の部屋に飛び込んだ。
私の部屋は、出て行った時のままだった。慣れ親しんだベッドに横になると、普通に呼吸ができた。そこで、まだ喉が締め付けられていたことに気付いた。
声を出してみる。もうかすれることも、出なくなることもなかった。
はぁ、やっぱり実家が一番ほっとする。すると私の心が、またここで暮らしたいと叫び始めた。もう東京から逃げたい……夢から逃げたい……とも。
「亜紗見、ごはんの前にお風呂に入っちゃいなさい」
母がドアを開けた。そう言えば、うちは夕食前にお風呂に入るという決まりがあった。
「うん」
私は、ベッドから起き上がった。
「ねぇ、久しぶりに2人で入らない?」
母がいたずらっぽい顔で言った。母の照れ隠しの顔だ。
狭い浴槽に私と母。大の大人が2人。私は、なんとなく居心地が悪くて、乳白色のお湯をじっと見つめていた。
「宅配で送った物、ちゃんと使ってる?」
「えっ?あっ、うん」
その時、私の頭の中に部屋の隅に積み重なった段ボール箱が浮かんだ。
「本当に?」
「ほ、本当」
「おかしいなぁ。だったら、そんな顔しないはずなのに」
「どんな顔?」私は、目を手で何気に隠しながら言った。
「他人行儀な顔」
私は少しホッとした。
「そりゃ、しばらく帰ってなかったんだから始めはそうなるでしょ」
「うーん」
「何?」
「やっぱり、受け取っただけで開けてないな」
「開けてるよ」私はむきになって言った。
「じゃっ、開けただけでしょ」
うっ。