彼はオレと違ってとても行動的な男だ。いつも確たる自分の意見を持っていて自己主張が出来る。頭の回転が早く、相手の意向を素早く察知する能力もある。嫌な事をはっきり嫌と言える。それでいて人懐っこい雰囲気もあって他人にイヤミを与えない。当然のように家族との関係も良好のようで、スマホの待受に奥さんも一緒の家族写真が貼られていて、毎日愛妻弁当を持って来る。何もかもが自分とは真逆で、とても真似出来ないと思っていた。
だけど、このままじゃいけない。両親と同じように(離婚)の道を辿ってしまう事だけは避けたかった。すがるような思いで身内の恥を晒す事を覚悟して酒に誘った。
「何だよ、珍しいな。おまえから酒に誘うなんて。」
「あぁ、うん。」
覚悟して来たつもりだったのに、いざ話そうとすると頭の中に浮かんで来る言葉はどれも妻の悪口になってしまうと思えた。
「いいぞっ!言えよ。こう見えても口は固いぞ」
頭のいい男は、察しもいい。オレから相談があるなんて一言も言ってないのに。いつも駆けつけ二杯は生ビールを一気飲みする山野が、今日はまだ一杯目の半分しか口を付けていない。オレの相談に真剣に向き合おうとしてくれているって事だ。
それでもやっぱり妻の悪口を言う事に躊躇いを感じていた。
「なぁ河野、おまえのとこは上が息子でいいよなぁ。オレ最近家の中で浮いちまってるんだよ。」
思いがけず山野は家族の事を話題にした。
山野の子供達は我が家と逆で上二人が女の子、その下につい最近待望の男の子が産まれたばかりだ。長女は、亮よりひとつ上で今年中3の受験生だったはず。
「浮いてるって?」
「そうなんだよ~。中3と小6の娘と嫁が結託してオレを仲間外れにするんだ!事あるごとに(男にはわかんないわよ)とか言って、テレビだってオレの見たい番組なんて見せて貰えないんだ。チビが大きくなるまでオレには身方がいないんだと思うと、あと何年かかるんだ~ってため息ばっかだよ」
いつも自信たっぷりに言いたいことを言う山野が、家族の前で見たいテレビを我慢している姿が想像出来なかった。
「女の子は難しいな。うちはまだ5歳だけど機嫌悪くなるとオレじゃどうにも出来ないよ」
「だよなぁ、女の子は小さくても女なんだよ。嫁さんの分身だと思って接していないとすぐに機嫌損ねちまう。まったく厄介だよ!その点、息子はいいよなぁ、河野のとこ中2だっけ?もう男同士の会話が出来るんじゃないのか!」
「あぁ、まぁそれなりにな。嫁さんともオレより上手くやってるなぁって思うし。」
山野が誘導してくれたおかげで、オレの話したかった事が言える状況になっている。この流れに乗れなければオレは一生悩み続けるか、最悪(離婚)を選択するしかないのだ。意を決してジョッキに残っていたビールを飲み干した。
「山野、オレ何とかしたいんだっ!このままじゃまずいんだ!」
あまりに勇みすぎて言葉の足りないオレの発言に、山野はひとつずつ紐解くように質問を投げかけてくれた。しばらく質問形式の会話が続き、それに答えている内にやっと自分の言いたい事が山野に伝わった。