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『月の夜に舞う香りの切なさは』網野あずみ


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「絶対に、この家は売らせないからね」
「分かんないやつだな。売らなきゃ分けられないだろうよ。とりあえず、査定だけでも頼んでみるか」
「何言ってるの、勝手なことしないでよ!」
 クソ。そう悪態をついたボクは、襖を思い切り引き開け、声を荒げた。
「勝手なことしているのは、お前らだろう! いい年こいて、そんなことも分かんないのかよ!」
 全員の目が、ボクの顔に向けられた。
「ばあちゃん、まだ生きてんだぞ! それなのに、なんでそんな話ばかりするんだよ。少しは、ばあちゃんの気持ちも考えろよ。ばあちゃん……」ボクは鼻をすすった。「ばあちゃんはな、病気で寝たきりで、それでなくても不安でいっぱいなんだぞ。なのに、たまに集まったと思えば、ばあちゃんを悲しませるようなことばかり言って……。ふざけるなよ、お前らいい加減にしろよ! ばあちゃんは、ばあちゃんはな、みんなが集まってくれて嬉しいって言ってんだぞ。それなのに、それなのに……」最後は言葉にならなかった。
 興奮で顔を上気させて、仁王立ちになっているボクに対し、誰も口を開く者はいなかった。
 母と、叔母さんの旦那さんが、目を背けるようにして俯いている。父と正惠叔母さんは、困ったような何とも言えない表情でボクを見上げている。
 はやり、ボクの気持ちはこの人達に届いていないのか。そう思うと、怒りを通り越してむなしい気持ちになってきた。
 正惠叔母さんが無言で立ち上がる気配がした。叔母さんはボクの背中に手を回すと、客間から出ていくよう促した。ボクは、それに抵抗する気力を失っていた。
「彩音、ほら、彩音……。しっかりするんだよ。ちゃんと自分の目で確かめてみな」
 ボクは叔母さんの指さす方に目をやった。
 見慣れたおばあちゃん部屋。でも、何かが違った。
 おじいちゃんの仏壇の前に、白い布をかぶせたテーブルが置かれていて、その上に金糸布で包まれた四角い箱が置かれている。それを両側から見守るように活けられている、白いユリやリンドウの紫が、不自然なほど鮮やかに目に映った。――ボクはその意味を理解するまで、随分と長い時間をかけて、物言わぬただの四角い箱を見詰めていた。
 のろのろと、視線を部屋の片隅に移すと、そこには用の無くなったパイプベッドがむき出しで置かれていた。
 伽羅の香り。
 香炉に立てた線香の、最後の灰が燃え尽きてポトリと落ちた。
 背中に回されていた叔母さんの手が、ボクの肩をポンと叩いて、ボクを現実の世界に引き戻した。
「お葬式の時から、彩音はずっとぼんやりしていたから、みんなで心配していたんだよ。お前は、おばあちゃん子だったからね」
 でも……、でもね、叔母さん。ボクはついさっきまで、おばあちゃんと話をして、おばあちゃんの前で踊って、それを見てもらっていたんだよ。――そうつぶやくように話すと、正惠叔母さんは、うんうんと頷いた。
「おばあちゃんが、彩音の踊りを見たくて、ひょっこり戻ってきたのかもね。おばあちゃんがいつも傍に置いて離さなかったのは、彩音と、おじいちゃんの位牌だったからね」
 叔母さんは新しい線香をセットすると、それに火を点した。

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