「私はこの線香の香り、辛気臭くてあまり好きじゃないけど、おばあちゃんを思い出させる香りになってしまったねえ」
暫くすると、白い煙が、主のいなくなった部屋にふわりふわりと漂ってきた。
『ゆっくり、ゆっくり、なあ、彩音』その煙は、そう語りかけてくるようだった。
正惠叔母さんの節だった手が、ボクの手に重なった。
「おばあちゃんのためにも、彩音は自分のやりたいことをやりゃあいいよ。叔母さんはね、こんなだから、また口うるさく言うと思うけど、まあ、気にするな。大人はね、お前の一途さが羨ましいんだよ。お前にぐちぐち言うのは、夢を諦めた大人の嫉妬みたいなもんだからさ。叔母さんだって、こう見えても若い頃は……。ああ、ヤダヤダ、辛気臭い」
正惠叔母さんはそう言うと、大人達のいる客間に戻り、襖を閉めて、ボクをおばあちゃんと二人きりにしてくれた。
ボクは縁側に腰かけ、庭を眺めた。ボクの居場所には、そこが一番ふさわしいと思ったからだ。手入れする者がいない庭は、いつもより荒れた感じに見えた。おばあちゃんが大切にしていた庭……。きっと悲しんでいるに違いない。
伸びきった木々の枝を下ろして、下草を刈って、新しい花でも植えようか。――背中を丸めて庭の手入れをしているおばあちゃんの姿をそこに見ながら、ボクはそんな気持ちになっていた。
ボクの隣におばあちゃんが座っているのを感じた。
おばあちゃんは手に持ったうちわを動かしながら、「線香をな、うちわで扇ぐようなことをしてはいかんよ」と言って笑った。
「もう、分かってるって」そう言って、ボクも笑った。
「ねえ、ばあちゃん。ボクさ、もっとダンスが上手くなりたい。誰にも負けないって、ずっと自慢にしてきたけれど、まだまだダメだな。でもね、頑張れると思う。少しコツみたいなものが掴めてきたからね。もし上手くなったら、真っ先に、ばあちゃんに見てもらうから、待っていてよ。うーん、それから、そう、父さんや母さんや、みんなにも見てもらえるように、とりあえずやってみるよ。なあ、ばあちゃん」
線香の白い煙が、伽羅の甘い香りを残しながら、ボクの前をふわりふわりと通り過ぎていった。思い出がいっぱいに詰まったこの縁側で、ボクはおばあちゃんの遺してくれた言葉に想いを馳せた。
ゆっくり、ゆっくり、それで丁度いい。