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『月の夜に舞う香りの切なさは』網野あずみ


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 どこで? ボクは、記憶の内側をじっと覗き込んだ。すると、カスミのような白いベールが揺れる向こう側に、『家』のイメージが浮かんできた。懐かしい場所。――ああ、そうなのか。
 ある理解が突然の閃きとなって、ボクの中に浮き上がってきた。
 確かにボクは、その旋律を知っていた。
 子供の頃、家の中に流れていたピアノ曲。父が好きで、よく一緒に聞いていたクラッシック音楽。この曲も、雨の中で耳に聞こえてきたあの曲も、リビングのソファーで父の隣に座り、繰り返し耳にしてきた。堅く大きな父の体に自分の身を寄せることで、安心と安らぎを得ることができたのを覚えている。
 しかし、時と共に父親に対する反発心が芽生えるようになると、かつて一緒に過ごしてきた父との時間そのものが厭わしくなった。だから、その思い出を記憶の牢に閉じ込め、無かったことにしてきたのだ。
 忘れている筈だったのに……。
 ボクは困惑した。その頃の父の思いのようなものが、自分の奥深く根を張るように入り込んでしまっているという事実。――そのことをどう解釈し受け止めればよいのか、戸惑いを覚え、頭の中が混乱した。
 それでも自分の体は、その旋律に反応しようとしている。
 鍵盤を打つようなリズムではない。音が連なるように流れるリズム。ボクの指先が、手、ひじ、肩が、滑らかに動き出す。
 深とした夜の静寂を、そっと撫で上げるようなボクの手の動き。それによって生み出された波紋が、徐々に大きなうねりとなってボクの体全体を包み、浮遊させながら、広がっていく。
 情緒を揺さぶるような旋律に乗って、ボクの体の動きは意識の枠を超え、大胆さを増していった。
 天空の満月に時折流れ雲が掛かり、庭に陰を落としていく。その入れ替わる陰陽の中で、ある時は月の光を追い求め、またある時には月の影に安らぎながら、ボクは連なり重なり合う音階の波の上を、漂うように舞って、舞って、ひたすら舞い続けた。
 両手を大きく広げ、ゆっくりと体を回転させながら、身に降りかかる光の喜びや、体を包み込む闇の冷たさや、薄れた色や香りの切なさを、ボクは全身で受け止め、すべてを受け入れた。
 ――受け入れる? 跳ね返すのではなく、受け入れるのか。
 ボクはこれまでにない新しい感覚に気付き、背筋がぞくぞくするのを感じた。受け入れた正、負、強、弱すべてのエネルギーが自分の中で形を変え、ダンスのパワーに転換されていく。
 自分を見せつける肩ひじ張ったダンスではなく、思いが自然に届くようなダンス。自分の新しいスタイルが、もう少しで掴めるような気がした。
 しかし、『受け入れる』ことの喜びを知った瞬間、それを打ち消すかのように、ボクの心の中に深い悲しみの色がサッと広がった。
 ――何だろう、この息苦しさは。

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