「彩音、彩音や。ばあちゃんな、みんなが集まってくれて嬉しいんよ」
あの酷い会話が聞こえていただろうに、皆を庇うようなおばあちゃんの言葉に、ボクは何と返してあげればいいのか分からなかった。
「たとえ口喧嘩をしても、それでもな、ばあちゃん嬉しい。和男も正惠も、小さい頃は優しい子達だったんよ。ふたりとも仲が良くて、正惠はいつも和男の尻ばかり追いかけて遊んでいてな」
おばあちゃんの視線を追って庭に目をやると、坊主頭でランニング姿の男の子と、おかっぱ頭に赤いスカートをはいた小さな女の子が、声を上げながら楽しそうに走り回っているのが見えるような気がした。遊んだ後には、ふたり仲良く縁側に腰かけ、熟れたスイカにかぶりついて、種を庭に飛ばしている。
「なあ、彩音。あの子達を、許してやっておくれ。怒らんで、笑っておくれな。ばあちゃんは、彩音の笑顔が好きなんよ」
自分がいちばん悲しいはずなのに、ひとの心配ばかり……。
そんなおばあちゃんを安心させたくて、ボクは笑顔になって何度も頷いた。無理して作った笑顔は、半分泣いたままの奇妙なものになっていたに違いない。
「ばあちゃんな、夏の終わりの蜩の声は聞けんかも知れんね」
そう言うと、おばあちゃんは、既に中程まで燃え落ちている線香に目をやった。夜気を含んだ風が微かに吹き抜け、線香の煙が揺らいだ。
「そんなこと言うなよ、ばあちゃん。ボクのダンスがみんなに観てもらえるようになるまで、ちゃんと元気でいてくれなくちゃ困るよ」
「ああ、そうだね。頑張るかね」
言葉とは裏腹に、おばあちゃんの表情には力がなかった。
おばあちゃんは暫く俯いていたが、何かを思い出したように顔を上げた。
「そう、そう。彩音はな、亡くなったじいちゃんに、似たところがあるよ」
「じいちゃんに、似ている?」
「そうさな。思い込みが強くて、頑固で、気が短い」
ボクが何かを言おうとすると、「まあ、お聞き」と言いながら、おばあちゃんはボクの腕に手をのせた。
「じいちゃんは、何かに夢中になると、周りのことが見えなくなるんよ。ばあちゃんも、和男や正惠も、それで随分と寂しい思いをさせられた」
おばあちゃんは、ゆったりと煙を漂わせている線香を、細った顎で指した。
「その線香をな、うちわで扇いでしまうような人だったよ、じいちゃんは。早く燃やして、いっぱい煙を出そうとしてな。何をそんなに急いでいるんだか、こっちまで落ち着かない気分になる」
線香をうちわで扇ぐ人の姿は、想像すると滑稽ではあるが、それを自分に置き換えてみると、笑えなくなった。
「線香はな、時間をかけてゆっくりと香煙を昇らせて、それで役割を全うするようになっているんよ。それを扇いだり、吹いたりしちゃいかん。寿命が縮まってしまうから。彩音も……。そう、お前にもな、そんなところがあるんよ。そんなに先を急いじゃ、誰もついていけなくなる。ゆっくり、ゆっくり、それで丁度いい」