「おまえ、そう勝手に決めんなよ」
「そうですよ、正惠さん。うちにだって、都合があるんですから」
「でも、うちも難しいですよ。賃貸マンションで、狭いですからね」
母と、叔母さんの旦那さんが同時に否定した。
「正惠、お前のとこで何とかならんか。母さんだって、娘に面倒を見てもらった方が、気が楽じゃないか」
「うちはダメでしょう。共稼ぎで昼間は留守なんだから、無理よ。兄さんとこなら、専業主婦がいるから大丈夫じゃないの」
「ひどいわ、正惠さん。私だって暇じゃないのよ。うちには手の掛かる子供もいるんですから。正惠さんのところは、子供がいないんだし……」
「手が掛かる? そりゃあ確かに、不登校児だものねえ。だけどさ、ふらふら出歩いていて、家に寄り付かないんだから、楽なもんでしょう」
「正惠、言い過ぎだぞ」
「兄さんが、はっきりしないからいけないのよ。兄さん長男じゃない。今まで、散々いい思いしてきているんだから、最後に恩返ししなさいよ」
「最後最後って、お前、母さんまだ生きてんだぞ!」
「何言っているのよ、死んでからじゃ親孝行できないでしょうに!」
おばあちゃんを蔑ろにするような会話の内容に、カッと血を上らせたボクは、襖を蹴破る勢いで引き開けた。襖が柱に当たり、大きな音をたてて跳ね返ってきた。
座卓の前の四人の大人達が、目を見開いて、こちらを見ている。
「何だよ、お前ら、ふざけるな! 今まで、ばあちゃんを独りぼっちにしてきたくせに、みんなで勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
父がむすっと黙り込み、母が怯えたように目を伏せている。それは、いつもの見慣れた風景だ。
「ほら、ほら、手の掛かる娘がお出ましだよ」叔母さんがボクを睨みつける。「ああ、娘じゃないか。オトコ女だな。兄さん、あんたが甘やかすから、こんな出来の悪い人間に育つんだよ」
その瞬間、頭の中が真っ白になり、ボクは叫び声を上げて座布団を座卓の上に投げつけていた。ガシャンという衝撃音と共に、机の上の茶菓子やら急須やら湯呑み茶碗が、中身と一緒に飛び散った。
熱いとか痛いとかいう声に交じって、「物に当たるんじゃないよ!」と叔母さんの怒鳴る声が、部屋を出ていくボクの背中に聞こえてきた。構わず、ボクは襖をぴしゃりと閉めた。
見ると、ベッドの上で、おばあちゃんは萎れていた。
その姿があまりに痛々しく、感極まったボクは、おばあちゃんのベッドに顔を埋めるようにして泣いた。腹立たしくて、情けなくて、そして訳もなく寂しかった。
涙が止まらず、子供のように体を震わせながらしゃくりあげていると、仄かな伽羅の甘い香りと共に、おばあちゃんの手がボクの頭に触れ、優しく撫でてくれているのに気が付いた。