「彩音、学校は楽しいかい」
また、この話題だ。最近おばあちゃんとの間で、同じような会話が繰り返されることが増えてきた。
「ばあちゃん、何回も話したじゃん。ボク、学校へは行ってないって」
「どうして、行かんの?」
「だって、つまんないから。みんなボクを避けるし、友達もいないし、勉強も好きじゃあないし……。ボクさ、ダンスしているときが、一番楽しいんだよ」
「ああ、そうだね。彩音は、昔っから踊るのが上手だったからね」
「そう言ってくれるのは、ばあちゃんだけだよ。うちの親なんか、ボクのことは無視だからね」
学校が面白くなくてサボっていたら、いつの間にかクラスで除け者扱いされるようになっていた。自宅にいれば、親に厄介者のような目で見られる。結局自分の居場所がなくて、この家に入り浸るようになった。
「ほら、覚えているかい? 彩音が小さい時だったなあ。雨が降っているのに、そこの庭に飛び出して、くるくる回りながら踊っていたことがあったんよ。何だかとっても楽しそうで、見ているばあちゃんも、嬉しくなってきてなあ……」
それは自分の体がよく覚えている。お天気雨の中、ボクはずぶ濡れになって踊った。顔を上げながら回転すると、雨粒が顔や手に当たって跳ね返り、ガラス玉のような雫となって辺り一面に飛び散る。降りかかる雨の圧力と、それを跳ね飛ばそうとする内なるパワーの、相克のような不思議な感覚に酔いしれ、ボクは踊りながら声も立てずに笑った。
この経験が、ボクのダンスの原点になっている。
昔、まだおばあちゃんが元気だった頃、手入れのよく行き届いた庭には色とりどりの花が咲いていた。その溢れる色彩の中にボクは裸足で飛び込んで、体を自由に動かした。そして、疲れ切って縁側に体を投げ出したボクの汚れた足を、おばあちゃんは小言も言わずに拭いてくれた。雑巾で拭かれる時の足の裏が、声が出るほどくすぐったかったのをよく覚えている。
こんな優しいおばあちゃんなのに……。
そのおばあちゃんが寝たきりになっているというのに、大人達は自分のことしか考えていない。
ボクがおばあちゃんのベッドの傍で、ひとりでは寝返りを打てないおばあちゃんに手を差し延べていた時、襖を隔てた隣の客間から、久しぶりに集まってきた大人たちの話し合う声が漏れ聞こえてきた。
「兄さん。母さんのこと、どうするつもりなの」
正惠叔母さんの声だった。
「どうするって、今のままじゃいかんのか」
父のぼそぼそとした声が聞こえてきた。ボクは手を止めて、襖越しの声に耳を傾けた。
「だって、だいぶ弱ってきているじゃない。最後ぐらい面倒見てやらないと、目覚めが悪いわよ。だからさ、兄さんとこで引き取ってよ」