わたしは涙を手の甲で拭いながら、お母さんに訊ねた。
「うーん。まあ、そうね……。太ってないでしょ、とは言えないからね……」
少し困った顔をしていたけれど、こう続けた。
「でも、くさい、って言うのは何のこと? 汗臭いってこと? それはお母さんも、ちょっとショックかもしれないなあ」
お母さんは、わざと自分の体に鼻を近づけてクンクンと匂いをかぐような素振りをした。
「ううん。……多分、ワンピースがタンスの匂いだったんだと思う。薬品くさいって言われたから」
わたしがそう言うと、お母さんは、ああ、とひとつ大きく頷いた。
「それは、確かにそうかもねえ……。あのワンピース、ずっとタンス仕舞いこんでたからね」
「お母さん、あのワンピース、ちょっとキツそうだったよ。サイズが」
わたしは、昨日のワンピース姿の母を思い出しながら、そう言った。
「ふふ。そうね。……あの服、麻理ちゃんが小学校一年生のときの、初めての授業参観日にも着ていったのよ。二年前のことだけど、なんか懐かしくって、つい着ていっちゃった。ちょっとファスナーが上がらなくて苦しかったんだけどね」
お母さんは少し懐かしそうに目を細めて、わたしの顔を見つめていた。二年前を思い出しているのだろうか。
「でも、そんなに匂いしなかったと思うけどな? 麻理ちゃんも、くさいって思った?」
お母さんは、くさいと言われたことがちょっと気になっているらしい。太ってるのは認めたくせに。なんか、変なの、と麻理は思った。
「隣で歩いたりすると、ちょっとにおいするかな? っていうぐらいだったよ。祐介くんは廊下で会ったときに臭いって思ったって言ってた」
わたしはようやく落ち着きを取り戻しはじめた。お母さんが用意してくれたクッキーをひとつつまんで、口に入れられるくらいまでには。
「……廊下? ああ、祐介くんって、あの男の子か」
お母さんは小さな声で「なるほどね」と小さく呟いた。そして、こう続けた。
「麻理ちゃんさ、祐介くんのこと、嫌っちゃだめだよ」
「なんで? 祐介くんって、いつもいじわるばっかり言ってて、あんまり仲良くないんだけど……」
「うーん、いつもいじわるなのか……。でも、今回のお母さんのことは嫌いにならないであげてくれる?」
わたしは、急に祐介くんの肩をもちはじめたお母さんに食って掛かった。
「なんでよ! お母さんの悪口言われたのに! 怒るなって言われてもムリだもん!」
お母さんは、すこし迷った素振りを見せていたけれど、真剣な眼差しで、こう続けた。
「あのね、麻理ちゃん。昨日の参観日、祐介くんのお母さんもお父さんも学校に来られなかったの」
「えっ? なんで?」
お母さんの言葉に、わたしはちょっとびっくりした。祐介くんのお母さん、昨日いなかったんだ……。祐介くんのお母さんの顔も、お父さんの顔も、わたしは知らなかった。だから、思い出そうとしたところで、誰が誰だか分からない。祐介くんもいつもと違って緊張している素振りに見えたし、てっきりお母さんかお父さんが来ているんだと思っていた。