自分の悪口を言われるだけなら、言い返せばいいだけだ。けれど、お母さんのことまで悪く言われるなんて……。ちょこんと石ころを蹴り飛ばしながら、いつもよりノロノロと歩く。なんだか、お母さんに顔を会わせるのが申し訳なく思いはじめていた。
だけど、だんだんと「いや、お母さんが太ってるから、わたしがからかわれたんじゃん。お母さんのせいだよね」と、誰に向けていいのか分からない怒りの矛先を、なぜだかお母さんに向けていた。そうして、家に着いたころにはお母さんに、ひとこと文句を言わなきゃ気が済まない! というところにたどり着いてしまっていた。
「麻理ちゃん、何をそんなにプリプリしてるの?」
お母さんは、わたしのイライラしている様子を見ながら不思議そうに顔をかしげた。手にはクッキーの袋と取り皿をもっている。
「プリプリなのはお母さんだよ! おやつばっかり食べてるから太るんだよ!」
そう言って、わたしは勢い良く椅子に座った。しかし、祐介くんがいったお母さんに対する悪口が頭のなかでぐるぐると回りはじめて、堪えきれなくなってしまった。わたしはつい、泣き出してしまった。
「お、おがあさんがぁ、わどぅいんだがらねぇ!」
一度涙がこぼれてしまうと、堰を切ったダムのように、後から後から涙がこぼれてしまい、止められなくなってしまった。ヒックヒックと、しゃくり上げるわたしの背中をお母さんは優しく撫でてくれた。
「……学校でなにか言われたの?」
お母さんはわたしをのぞき込むようにしながら、優しい声で訊ねてきた。
わたしはまだ、喉がつっかえてしまって、うまく話せなかった。一度大きく深呼吸してごらん、とお母さんにうながされて、すこしだけ落ち着いた。
「……祐介君が。お母さんのことデブだって。洋服が、くさいって」
それだけ言うと、またすこし悔しい気持ちが込み上げてしまって、涙がポロリとこぼれてしまった。
「ああ、もうそんなことで泣かなくていいのに……」
お母さんは、やれやれ、といった様子だったけれど、わたしの頭を何度も撫でてくれて、わたしは少し落ち着いた。
「……お母さんのこと、悪く言われて。……嫌だった」
わたしは、喉がつっかえながらも、お母さんに自分の気持ちを小さな声で呟いた。お母さんは優しい顔をして、何度も頷きながら、わたしの手をギュッと握ってくれた。
「麻理ちゃん、ありがとう。悪口言われたら、嫌だよね。お母さんのかわりに悔しがってくれて、ありがとう」
握ってくれたお母さんの手はとても温かくて、ふんわりと柔らかかった。
「麻理ちゃんが悔しがってくれたから、お母さん、大丈夫よ」そう言って、少しおどけたような表情で、わたしを笑わせようとしてくれた。
「お母さんは、悔しくないの?」