

 林先生の一言から、起立、礼、着席と号令があり授業が始まった。
 なんてことない国語の授業だった。みんなで順番に教科書の音読をしたり。いつもと変わらない内容だった。
 けれど、やはり教室の後ろや、廊下の窓から色々なお家のお母さんやお父さんの顔が見える。なんだか意識しすぎてしまった。妙に張り切るクラスメイトもいれば、いつもやんちゃな男の子がもじもじしていて面白かった。
 なんだか、私たちは動物園の檻のなかにいる動物みたいで、お母さんやお父さんに観察されているんだという、ちょっぴり複雑な気持ちがわたしのなかに少しだけ沸き起こっていた。
 授業参観日の翌日のことだ。
 「圭太くんのお母さん、美人だったね」とか、参観日のちょっと浮ついた空気が教室のなかにまだ少し残っていた。
 「一番始めに来たおばちゃんって、麻理んちだろ?」
 いじわるな男子の祐介くんが、わざとクラス中に響くような声で騒ぎ出した。
 あ、バレてる……。
 とっさに、そう思った。嫌な予感が、給食の時間にこぼしてしまった牛乳のように、胸のなかにサアッと広がっていった。
 「うん、そうだけど……。何?」
 わたしは、小さな声で返事をした。
 「お前んちのお母さん、デブだよな! あとさ、なんか服がくさかった!」
 祐介くんが大声でいうと、周りの男子達も一緒になって笑いはじめた。
 「ちょっと、いじわる言うの、やめなよ!」
 ゆきちゃんが、イスから立ち上がって、かばってくれた。わたしはショックで何も言い返せなかった。けれど、周りにいたお友達が「相手にするとちょうしにのるからさ、放っといた方がいいよね」と言ってくれた。
 「でもさ、ホントのことだぜ? なんかさ、薬品くさかったんだ。廊下で会ったときに!」
 廊下? お母さんが教室に来たときは、もうみんな席に着いてたはずだけど……? わたしは一瞬不思議に思ったけれど「薬品くさい」ということばにピンときてしまった。……ずっとタンスにしまい込んでいる服なんか着てくるからだ。
 わたしはずっとうつむいて黙っていた。すると反論してこないわたしを、祐介くんはつまらなく感じたらしい。ターゲットを別の子に変えて、また騒ぎ立てていた。だけど、クラスのみんなが、祐介くんのことをちょっと面倒くさく思いはじめていたようで、封助くんのいじわるも次第にトーンダウンしていった。
 わたしがずっと黙ってしまっていたため、ゆきちゃんは心配してくれた。
 「麻理ちゃんさ、気にすることないからね!」そう言って、肩をポンポンと叩いてくれた。
 「うん。気にしてないよ」無理矢理笑顔を作り上げて、わたしはゆきちゃんを安心させようと必死になった。
 学校からの帰り道、わたしは思った以上にショックを受けていた。
 
            


