「フレーフレー、桃花、フレーフレー桃花」
父さんと声を合わせて何度も繰り返す。
その時、モッシーが体を大きく揺らし、転げ落ちた。
ガサガサ……。目を開けると、空を覆い尽くすほどのたくさんの竹が、空に向かって伸びている。降り積もった竹の葉で、背中がチクチクと痛い。
「モッシーは、どこ……」
仰向けのまま横を向くと、モッシーはゆっくりと首を回して桃花の肩に顔を寄せている。
心臓がドキドキする。
「父さん……。父さん、見ていてくれるの?」
夕焼け空に星は見えない。でも夜になれば、必ず瞬きだす。
すっかり忘れていた父さんの言葉。三歳の時に亡くなった父さんのことは、ほとんど覚えていなかった。顔だって、後から写真を見て、自分の中で記憶を更新していると思っていた。
でも今、はっきりと思い出した。父さんの声、父さんの表情。
涙が溢れて頬を伝い落ち、首筋に流れ落ちる。モッシーが首筋に顔を寄せる。ざらざらした舌がくすぐったい。
「モッシー、父さんに会えたよ」
モッシーの小さな瞳に桃花が映っている。
挟まった倒木をどかすと、モッシーはゆっくりと歩き始めた。少し歩くと後ろを振り向く。さあ、一緒に帰ろうって、言っているみたいだ。
「そうだね、みんな心配しているよ。早く帰ろうね」
竹藪が夕陽に染まり、どこかでヒグラシが鳴き始めた。
市道に出ると、携帯でんわで泉動物公園に電話をする。十分もしないうちに軽トラックが桃花とモッシーの前で止まった。
「モッシー!」
作業服を着た男の人が二人、軽トラックから転がり落ちるように飛び出した。目には涙を浮かべている。
「良かった、良かった、よく一人でこんな所まで……」
モッシーに追いすがって号泣しそうな勢いだ。
桃花に気が付くと、慌てて深く頭を下げた。
「君が見つけてくれたんだね。本当にありがとう。とりあえず、動物公園の事務所に一緒に来て下さい」