その夜、星を探した。空を見上げるなんて久しぶり。気が付くと、いつも下ばかり見ていたような気がする。下を向くと、どんどん不安になっていく。夜空に向かって大きく息を吸う。気持ちがすーっと楽になった。
「大丈夫、大学に入れる。ちゃんと通える。いろんな家を作るんだから」
星の瞬きに合わせて小さく呟く。
「フレーフレー、桃花」
泉動物公園の裏門を出て大通りを抜けると住宅地が続く。夜になったばかりの路地を歩いていると、小さいころの自分がどこかに隠れているようで、懐かしいような切ないような気持ちになる。
窓から漏れるいろんな色の明かりを見ていると不意に涙がこぼれた。ああ、人が生活しているんだなあって思う。
夕飯の支度をしている気配。花火の匂い。かすかな煙。
窓から流れるピアノの音。間違えた、つっかえた。嫌いなんだろうなあ、嫌々弾いているのが伝わってくる。ああ、いいなあって思う。
暮らしのある家、住んでいる人たちがつながる街。そんな家や街を作りたい。
住宅地の三叉路を過ぎてしばらく歩くと商店街の入り口だ。
「閉店」と札のかかった「ポッペ」のガラス戸の中で、店長と美浜さんが後片付けをしている姿が見えた。
「ポッペ」の百メートルほど先に母さんが働いているクリーニング店がある。クリーニング工場でずっと働いていたが、桃花が高校に入学してからは工場勤務の後、夕方から閉店八時まで、店の受け付けの仕事もしている。
周りのお店はもうほとんど閉まっている。母さんのいるクリーニング店だけ、暗闇の中でぽっかりと浮かび上がる。店内の蛍光灯の明かりが母さんの姿を映し出す。
店内にお客さんがいないことを確かめて自動扉の前に立った。
「あら、桃花、どうしたの? 今日はバイトだっけ?」
お店の時計は七時五十分。
「ううん、一緒に帰ろうと思って……、外で待ってるね」
母さんは桃花の顔をまじまじと見た。
「なんだか嬉しそうね。なにかいいこと、あったのかな?」
桃花は大きく頷いた。
「うん、すごくいいことあった。話したいこと、いっぱいあるんだ。母さん、びっくりするよ」