ダラダラと流れる汗が目に入ってうっとうしい。暑苦しさにうつむくと、いつの間にか白い煙が自転車の周囲に集まり始めた。まるでロードレースの集団のように。
(導いてくれてるの?)
白い煙は時折、もやもやと狐の形になって揺れ動きながら、自転車と共に道を走り続けた。やがて見覚えのある赤い鳥居が見えたので、自転車で一気に奥まで進んだ。両側に並ぶ雑木林が自転車の風を受けてカサカサと鳴った。
社の前に着いて自転車から降りると、ほのかに甘い香りがした。石けんと上品な香水が混ざり合ったような、心細さまで包み込んでくれるような、優しい香りがあたりを漂っている。香りをたどろうとして目に入ったのは、お賽銭箱の近くに積まれた大量の油揚げだった。近付いていくと香りも徐々に濃くなっていく。
「お父さん、そこにおるん?」
「あおい、来てくれたのか」
父の声が聞こえると同時に、油揚げが一枚宙に浮いてお賽銭箱に入った。続いて響くクチャクチャという音。
「この狐、実によく食べるんだよ。なんだか可愛くなってきてな」
お賽銭箱の中から、クーンと甘えた声が聞こえた。
「なんで、ここに来たん?狐憑きを解こうとしてくれてるん?」
また油揚げが一枚、宙を舞ってお賽銭箱に落ちる。クチャクチャ、ピチャピチャ。
「これ以上、お前に何か変なことが起こらないようにとお願いしにきたんだ。聞いた情報を頼りに車を走らせていたら、いつの間にか赤い鳥居の前にいたよ」
父が動くと見えない風が起きて、さっきの甘い香りが伝わってきた。
「なんか良い匂いがする。香水?」
「いや、虫除けスプレーだ。ここら辺は蚊が多いからな」
空中に現れた半透明のボトルには可愛いワンピースやバッグのデザインが描かれ、「QunQum キュンキュン」という文字がリボンの絵で縁取られていた。
「お父さんにしては可愛すぎやろ」フフフと笑いが漏れた。
「お前も使えると思って買ったんだ。自転車が可愛くない分の、せめてもの罪滅ぼしだ」
私の気持ちをずっと推し量ってくれていた事実に、喉の奥がギュッとなった。
「……お父さん。この間はひどいこと言って、ほんまにゴメンナサイ」
油揚げがまた持ち上げられる。私は甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「今はね、お父さんの娘に生まれて、ほんまに良かったって思ってるよ」
油揚げが空中で止まったかと思うと、はらりと地面に落ちた。フワッと小さな風が生まれた次の瞬間、私の体全体はあの甘い香りに包まれていた。
「あおいの目に、お父さんは一生見えなくてもいいから」
見えない手が私の頭を優しくなでた。頭の上からモンダミンの爽やかな香りもした。
「お父さんは、あおいの幸せだけを祈っている。それだけは忘れないでくれ」
「お父さん……」