「親を侮辱してその態度はなんだ!もうお前に一切カネは出さん!」
「お父さんなんか大っ嫌いや!」
「待ちなさい!あおい!」
母の制止を振り切って玄関から飛び出すと、自転車に飛び乗って一目散に走った。父への憎しみと学校での怒りが混ざり合って、頭の中が爆発しそうだった。
(お父さんのアホ!お父さんのアホ!お父さんのアホ!)
父の顔を踏みつけるみたいに、思いっきり足に力を入れてペダルを踏み込んだ。膝が前に上がるたび、ハンドルにぶら下がったスーパーの袋がガサガサと音を立てて左右に揺れた。小袋に入れた油揚げの存在をすっかり忘れていた。
(よりにもよってお父さんの好物なんて)
「ブー」とクラクションが後ろから聞こえたけど無視した。
(もし私が車に引かれて死んだら、お父さん泣いて後悔すればいいんや。もっと娘に色々してあげたらよかったって)
目尻に溜まった涙を何回も拭った。西日が射してきて私の横顔を熱く照らすと、余計に頭がジンジンした。幾度もカーブしながら坂道をひたすら上っていく。ザワザワと道脇の林が不安げな風音を立てた。
(家には帰りたくないな……)
思案しながらこぎ続けていると、突然、目の前に神社でよく見る赤い鳥居が現れた。
(このまま上るのもキツいし、中に入ってみるか)
鳥居をくぐってしばらく自転車で進むと、やがて突き当たりに小さな社があった。等身大の狐の像とお賽銭箱があるだけの簡単な造りで、社を取り囲むように雑木林がそびえ立っている。
(一応、お参りしとこうかな。油揚げしかないけど、狐やし、まあええか)
狐の像の前にお皿が置いてあったので、袋ごと油揚げを置いて手を合わせた。
「お父さんの顔を二度と見なくてすみますように」
目をつむって祈っていたら、突風が吹いてお皿の上の油揚げが吸い込まれるようにお賽銭箱の中に落ちてしまった。ヤバい!油揚げを取り出そうとかがみ込んだ私は、次の瞬間大きくのけぞった。
「なんかおる!」
お賽銭箱の桟と桟の間から、赤い目が二つ爛々と光っていた。夜の赤信号よりずっと禍々しくて鋭い光がギョロギョロとうごめいていた。
「ひい!!」
腰が抜けかけた私の耳に、お賽銭箱の中からペリペリと袋を破る音が聞こえた。
「クチャクチャ、ピチャピチャ」
何かを食べる音が薄暗い社で不気味に響く。心底肝をつぶした私は、自転車のペダルに足がはまらないまま無理矢理こぎ出して、脇目も振らずに社から飛び出した。赤い鳥居をくぐり抜けて振り向くと、もうそこに鳥居はなく雑木林が広がるだけだった。