持っていた音楽プレイヤーの再生ボタンを押すと、耳にかけたイヤホンから曲のイントロが流れ出した。サザンオールスターズの「希望の轍」。なぜか幼い頃から知っている曲だ。
「チャラチャチャンチャン、チャンチャチャチャチャチャン……」
聞こえてくるピアノの音に合わせて口ずさむ。ペダルの踏み込みが一歩ずつ軽くなって、スイスイと自転車が前に進んでいく。
「ヘイ!」
男性歌手のかけ声と同時に思わず叫んで、すぐ我に返る。近くに人がいなくて良かった。
「夢をー乗せてー走るー車道おー」
そう歌いながら車道を走ると、本当に歌の世界に入り込んだみたいで気持ちが良い。メロディーが目の前に広がって、その中を真っ直ぐに風を感じながら走っていく。
(夢、そう。きっと来月の今頃は、春から夢見てきたオーストラリアにおるんや)
青い海で泳いだり、コアラ抱っこしたり、楽しいことだらけのイベントが私を待っている。そう思うと、目の前の車道が飛行機の滑走路みたいに思えてワクワクしてきた。いつの間にか太陽の光が空から降り注いで、誘導灯のように地面を照らしている。
終業式の日。講堂の中は静まりかえっていて、舞台用のライトが目にまぶしい。壇上の生徒に注がれる、沢山の憧れのまなざし。
「夢だった留学が実現してすごく嬉しいです!上手くコミュニケーションがとれるか心配ですが、精一杯頑張ります」
ニコッと笑うと、同学年の女子が「かわいー」と声を上げた。でも、私にではない。
「小野原マキさんは頑張り屋さんで、いつも素敵な笑顔でクラスを盛り上げてくれました」
英語教師の言葉が、舞台下にいる私の頭を容赦なく撃った。
「学校を代表する顔として、彼女が最もふさわしいと関係者全員で判断しました」
(素敵な笑顔?学校を代表する顔?ミスコンと勘違いしてへん?成績なんてどうでも良かったの!?)
口惜しさと嫉妬で顔を真っ赤にする私とは対照的に、舞台上のマキは本当にミスコンの優勝者みたいな完璧な笑顔を浮かべていた。
終業式が終わるとダッシュで校舎から抜け出した。自転車に乗ってこぎ出すと、目から涙がポロポロ流れてきた。
(外見だけのくせに。中身空っぽのくせに。あんな子より私の方がよっぽど頑張ったのに!)
胸が苦しくて鼻も出てきたけど、心臓が止まってもいいくらい高速でペダルを回し続けた。遊ぶ時間を削ってひたすら勉強した日々が、車輪の回る音と一緒に脳裏をかすめた。
家に帰ると、母は怒りをぶつける私を慰めながら、大好物の杏仁豆腐を出してくれた。