この息子が、引き継いでゆくのか、それは未知数だけど。こうして珈琲店。あの愛用の、チェック柄のチョッキとトレードマークの蝶ネクタイ。窓越しの祖父の姿はないけど。珈琲の香りが、漂う商店街。いつもと、何にも変わらない。それが良い、のかなぁ。
あの飲み会で、伊藤が言った。
「も一つ」
「何だ?」
「お前の、この匂いの、香水よ」
「何だ?」
「俺に、くれないか」
「おや、香水を、か?」
「頼む」
「はははは」
「笑う事ない、べさ」
「いや、すまん」
「頼むよ」
「分かった」
「有難う」
香り。これと様々な思いとは、切り離せないのかもしれない。伊藤と別れて、心地よい風を感じながら、そんなことを思いながら歩き続けた。あの飲み会の夜を思い出していた。