9月期優秀作品
『あの香り』多田正太郎
「香水?」
「そう、香水さ」
「ガキの頃から、この香り、いやガキの頃はさ、匂いって感じかなぁ」
「香りと匂いって、違うか?」
「まぁ、香りって表現は、よ、大人びた感じだし、ガキはそんな表現しない、べさ」
「ははは、そうだよなぁ」
「だべ」
久ぶりに、飲む酒は、美味かった。
ホンワリと、酔いが心地よく回ってくると、先ほどまでの、寡黙会のような雰囲気は消え、地元言葉が飛び出すころには、すっかり違和感はなくなっていた。違和感? 今こうして拘りなく飲んでいる、伊藤とは、10年以上の間、確りとある拘りが消えることなく、違和感というよりか、嫌悪に近い感情を抱き続けていたのだ。
「お前よ、いつもこの香水の香りしてたべ」
「・・・そうかぁ、・・・それがなぁ」
「ああ、容姿もあったけどよ、その香りが、子共には不気味というのか、異国感じさせてよ、刺激していたのよ」
「そうかぁ」
「でも、分かったんだ、あの日」
「あの日?」
「ああ」
「おまえん、とこの、じいちゃん」
「じいちゃん、が?」
「お前の母さんの香り、だつてよ」
「・・・じいちゃんが、・・」
「ああ」
「そして、ガキどもの鼻に、よ、チョコンと、その香水つけてよ」
「香水を、か?」
「ああ、いい匂い」
「そうかぁ」
「俺のとこの、健太には、大切な匂いだ」
「そう、ボソリと言ってな、あとはなんにも言わないで、行ってしまった」
「そうかぁ、そんなことがなぁ」
「ああ、あったのさ」
「急に、いじめが、なくなったから、不思議に思っていた」
「そうかぁ」
「あの匂い、いや香りがなぁ」
「ああ」
「じいちゃん・・、そうかぁ」
とても不思議だった。使っても、使っても、なくならない香水。母親の匂いの香水。じいちゃん、ドイツから、取り寄せていた。そのことは、ずーっと、後に分かったことだが。
気付かぬように、さりげなく、補充していたこともだ。
香り・・。珈琲の香りが漂っている。力が漲ってくるような、匂い。珈琲って、不思議だ。