手の甲とか指を、ひとはだにぬくめて、ソルトマッサージしてもらったその後、容器の中に手をしずめる。その器の中にはとろんとした水溶液のようなものが入れてあって、そこに手のひらをパーのかたちにしたままどぼんとしずめ
る。それも片手ずつ。
熱いものに触れた時おもわずゆびや手を引っ込めるときのぎりぎり手前って感じの温度で調整されている。
なんだろうって思っているうちに、手のひらはもうひとつの真っ白い皮膚でつつまれたように染まった。初めて感じる熱は、やがてじぶんのカタチに添った温度へと変わる。蝋燭の蝋だけをまとったビニールで密閉されている右手と左手。ずんずんと手首をのぼって二の腕を通り過ぎ肩甲骨から急降下して、身体はあたたかさだけで、満たされてゆく。
手袋をはずすみたいに蝋をまとった皮膚が洗い流される時、熱っぽさがしだいにじぶんの中から遠のいて。容器の外の冷たかった空気にふれるせつな、なんだかとつぜん名残り惜しくなる。
なんかこの感じはちょっとデジャヴュだなって思ったら、それは思いがけず分厚くて熱い掌を持つ人と握手したあと、その手をほどくときに似てるって、思い当たった。
ひとりはおじいちゃん。そしてもうひとりはあの夜の夏島の熱い掌だった。「世の中にはひどい父親もいるんだね。恥ずかしいけれどそういうの、いつもどこかでフィクションだとしか思えなかった。冬美ちゃん、これからさ家族になればそんなのちゃらにしてあげる。ちゃらにしてみせるよ」
私はこっちの夏島の言葉の方がフィクションじゃんって思ったけれど、ふいに夏島が私の所在なげな指を包み込むようにして握った。
もともと無防備だったくせに、ふいに誰かの熱い体温を知って、とつぜん無防備だったげんじつにさらされたような。
熱を感じるって、うっかり人に好きって感情をもたらすからやっかいだなって。あの日、そのことをその場で感じていたはずなのに、あまり思いがけなくて、なかったことのように、蓋をして鍵をかけて閉じ込めてしまっていた。
明日夏島に返事をしよう。そう思った
ぬくもりの余韻を携えた手をポケットにしまう。帰り道の繁華街のドラッグストアで、部屋の香りの試供品を配っている女の人がいた。封を切ると、やわらなか花の香りがした。
それはむかし私が「ただいま」って学校から帰って来た時に、おかえりって抱きしめてくれたおじいちゃんの着物の内側の匂いに似ていた。
この香りが、ふたりの部屋に満たされていることを、私はつかのま思い描いていた。