私と姉は目を合わせ、二人で頷いた。姉がゆっくりと箱をあけると、様々な焼き菓子が並んでいた。
「私が焼いたお菓子です。コーヒーに合うと思います。どうぞ召し上がってください」
どれもとても美味しそうで、いい香りがした。
「いいんですか?」
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
男性は、軽く一礼をした。
私と姉は一つずつ焼き菓子をお皿に取り、無言で一口かじりついた。・・・おいしい。アーモンドの香りが口の中に広がり、しっとりしているのにサクサクした触感がたまらなく、一瞬で私たちはとりこになった。コーヒーを一口飲むと、またまた幸せな感覚がこみ上げてきた。体に優雅さが満たされていくような感覚だった。
男性は、私たち二人を見て
「良かったです。気に入ってもらえたみたいですね」
と優しく微笑んだ。そしてゆっくりと話し始めた。
「さつきさんも、焼き菓子がお好きでした。僕は、けやき通りの『ロレッタ』というカフェで働いていました。さつきさんは、そのお店の常連さんです。月に一度コーヒー豆を買いに来られていました。その時、いつもコーヒーと焼き菓子のセットを注文されて、テラスで1時間過ごしてから帰られていました。僕も時々話すようになりました。お二人の話もされていましたよ。とてもいい子たちだって」
姉は少し怒って、照れながら答えていた。
「いい子って、いくつの娘を褒めてるんだか。まるで幼い子供みたい」
姉が言葉を発してくれたタイミングを見計らって、私も今井さんに質問をすることにした。
「あの、今井さんはフランスに住んでらっしゃるんですよね?」
「あ、えぇそうなんですよ。さつきさんに背中を押してもらって、やっとこの年で一歩踏み出せました。だから本当に感謝しているんです。」
今井さんは、少し切なそうな顔をして、話をつづけた。
「さつきさん、えっと、さつきさんと呼んでいるのは、僕が「お母さんみたいだ」って言ったら怒ってしまって。カフェでの1時間はお母さんじゃないから、「さつきさんって呼びなさい」って言われました。その言い方が、ほんとお母さんに怒られてる感じがしたんだけれど。」
私と姉は、なんだか母らしいなと思いながら笑ってしまった。
「僕は、カフェで焼き菓子を担当していたんだけれど、フランスに有名な職人が居てね、いつかその人のもとで勉強ができたらいいなって、さつきさんに話したことがあったんだ。いつかって言いながら、いつかを夢見ている状態が長く続くとね、いつかはずっと来なくて。時間が過ぎていってしまうんだ。そのうち、それも人生かって、あたかも納得して生きているように自分を説得するようになっていたんだ」