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『泣いて、笑って、味わって』あまのかえる


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「あのぅ、今井さんでしたよね。今井さんもコーヒーでいいですか?」
「えぇ、すみません。ありがとうございます」
「環、コーヒーをいれてくれる?」
「うん、わかった」
 私は、食器棚にしまってあるコーヒー豆の缶を取り出した。缶の蓋をあけ、母が使っていたコーヒーミルに豆をセットした。手動のコーヒーミルなため、豆の粗さをネジで調整する。私がここ1か月試しているが、なんだか母が淹れたコーヒーの風味と違っていた。今日はうまくいくだろうか。そんなことを考えながら豆を挽こうとしていると、気が付けば私の背後に男性が立っていた。私は、驚き目を丸くした。
「あ、驚かせてしまいましたね。良かったら僕にコーヒーを淹れされてくれませんか」
「え?でも」
「この豆、ロレッタの豆ですよね。こう見えてコーヒーを美味しく入れるのには自信があるんですよ。さつきさんのお墨付きもあるんですよ。」
 男性はにっこりと微笑み、コーヒーミルの豆を挽き始めた。
「ロレッタ」は、けやき通りにあるカフェの名前で、母が生前コーヒー豆を買いに行っていた場所だ。豆を見ただけでそれが「ロレッタ」で買ったものだなんてわかるんだろうか。今わかることは、母はこの人が淹れたコーヒーを飲んでいたということだ。私は、きょとんとして姉を見た。姉は、今井さんが発した「さつきさん」という言葉を聞き取っていたはずだが、表情を変えずに食器を洗っていた。姉は表情こそ変えないが、「さつきさん?」と頭の中でぐるぐると自問自答が始まっているに違いない。しかし、男性に質問するタイミングを失っている私はなす術もなく、黙ってコーヒーが入るのを待つことにした。

 しばらくすると、カップに注がれる香ばしいコーヒーの香りが、部屋中を包むように広がった。いつもと同じキッチンで、同じ豆で淹れたコーヒーなのに、なぜだか私はその香りにうっとりしてしまった。姉は食器洗いを終わらせ、
「すごくいい香りですね」
 と目を輝かせていた。

 母はコーヒーが好きだった。病状が進行し、体が痩せて歩くのもつらい状況になっても、コーヒー豆だけは切らすことはなかった。食事が摂れなくなっても、「香りだけで十分味わえるのよ」と、自宅でコーヒーを入れていた。そんな母の姿を思い出した。

 私たち姉妹の前にコーヒーが運ばれてきた。なんていい香りなんだろう。男性は、自分の荷物から一つの箱を取り出し、私たちの前に差し出した。
「開けてみてください」

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