「あのお昼ごはん一緒に食べていってもらったらどうかな」
「えっ、あ、そうだね。ちょうどお素麺も茹で上がってるしね。」
と反射的に素麺に「お」を付けて答えていた。「お素麺」なんて普段言ったことない単語だ。変な言い方になってたんじゃないだろうか。
それにしても初めて会ったこのフランス帰りの男性と、超庶民的なお素麺を一緒に食べるのか。とりあえず、気まずくないか。頭の中で、私の自問自答は止まらなかった。眉間にしわが寄って固まってしまった。
「お気遣いなく。僕はすぐに帰りますので」
と男性が発したが
「いえいえ、そんな、大したものは無いですが、空港からすぐに来てくださったんですよね。少し休んで行ってください」
と私は、ひとまず必死で男性を引き留めていた。このまま帰ってもらったら、悶々してしまう。それは避けたい。
「うーん、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えてしまおうかな」と男性は少し戸惑いながらも私の言葉を受け入れた。
「どうぞ、こちらへいらしてください」
姉が、男性に声を掛けた。私は男性をキッチンへと案内した。
「こんなものしか無くてすみません。今お茶入れますね」
姉は、てきぱきと食事の準備を行った。私はその場での役割を見いだせず、我が家にいるのにまるでゲストのように立ち尽くしていた。
「ここでいいのかな」
男性は、ガラスの器とお箸が並べてある席の一つを指さしていた。
「あ、どうぞ。お座りください」
男性が座った席は、いつも母が座っていた場所だ。母が亡くなってから、誰も座ることが無く、ぽっかりと空いた穴のような存在だった。そこに今、男性が一人座っている。
3人でテーブルを囲み、お素麺を食べる。父が早くに亡くなった私たち家族は、いつも母と姉と私の3人の女性陣でテーブルを囲んで食事を食べていた。3人の構成に男性が加わることは初めてだった。私たち3人は、黙々とお素麺を食べた。男性は麦茶を3杯飲み干した。きっと、夏の日差しの中、駅から家まで重い荷物を持って歩いてきたのだろう。おそらく、のどが渇いていたことも忘れていたんじゃないだろうか。
静かな食事は終わり、使い終わった空の器を姉と私が流しへと運んでいく。母の椅子に座っている今井さんに、姉が話しかける。