少しは興味を覚えたらしい。美晴は画面から顔を上げた。
「実はな、あれを焚いていると、熊やスズメバチ避(よ)けになるらしい。山歩きする人の必需品だそうだ。もっとも効果があるのは、そいつらが自分の風下にいる場合だけだそうだがな」
「ふーん。でも私、そんなところ行かないからいいもん」
美晴は再び画面に目を戻す。それを見て、私はいたずらを思いついた。
「でもこの頃は、熊が出るのは山の中ばかりじゃないぞ。この頃は食べ物を求めて人家の近くまで下りて来ることもあるんだ。今年は木の実など、餌が不足しているらしい。よくニュース番組で流れているだろう」
「えっ、そうなの? だって私、ニュースなんか見ないもの」
美晴はやっとスマートフォンを脇に置いた。
「だから蚊遣り線香を点(つ)けるんじゃないか」
「えっ。と言うことは……。まさかそんなこと……ないよね……」
美晴の目が、自分の不安を全否定してほしいと訴えている。私は、それを無視して、追い打ちを掛ける。
「数日前、ほら、そこを子牛ぐらいの大きさのが、のそのそ歩いていたらしい。近所の人が見つけて大騒ぎになったらしいんだ」
私はそう言いながら、百メートルほど先の、いかにもそれらしい、奥に灌(かん)木(ぼく)が茂った手前の草むらを指さした。
「うそっ……」
美晴は絶句した。目が点になっている。
――ちょっとやり過ぎたかな。
時に生意気な口も利くが、こうしていとも簡単にやり込められる。たわいないものだ。だけど薬が効きすぎて、今日にも帰ると言い出しでもしたら元も子もない。
「すまん。熊が出たというのはうそだ。お前が、そればっかりいじってるんでな、少し目を休ませてやろうと思ったんだ。どうだ、上手くいっただろう」
私は種を明かした。美晴は、フーッと大きく息を吐いて、
「でしょう。うん。そんなことだろうと思ったんだ。こんな所に出るはずないもの」
と言うものの、まだ少し顔が強張っている。
「で、蚊遣り器がどこにあるか、お前、知らないよな?」
「知らないわよ、そんなの。おばあちゃんかお母さんに聞いてよ」
美晴はすっかりへそを曲げて、またスマートフォンに戻ってしまった。
今日も、美晴は居間でソファーに寝そべり、スマートフォンをいじっている。