骨の芯まで温まるとはよく言ったものだ。
爪のあたりからジンジンとしたものが、足を伝って腹にまで上がってくる感覚。
内側から温められているような感覚だった。
肩までつかると、良い香りが鼻を抜けていき、
ふーと息を吐くと、あたりの静けさに気づかされる。
もし、ここが実家だったら、母が脱衣所から私に向かって語りかけてくるだろう。
「アキ、ここに着替え置いておくからね」と、こんな感じだろうか。
そして、母が扉を閉めると、ガチャという鍵を閉める音が聞こえてくる。
母は私の着替えを置くと、父が誤って入ってこないよう、
脱衣所に外から鍵をかけるのが決まりだった。
今思うと父には少し酷いことをしていたかもしれない。
思い返せば、父とお風呂に入っていたのはいつまでだろう。
幼稚園時の頃か小学生の低学年までだろうか。
久々に父と会話をしたくなった私は、
身体を濡らしたまま脱衣所に戻り、カバンから携帯を取り出すと、
再び湯船につかり、父に電話をかけた。
数回のコールの後に、やけに小声で父が電話に出た。
「・・アキ、どうした?こんな時間に電話なんて」
久々に父の声を聞いた。
「久しぶり、ちょっとお父ちゃんの声が聞きたくなって」
「おう、そうか。・・ちょっとまっとけ、今、病室をでるから」
「うん」
父は2年前に肺を悪くして、今も入院をしている。
担当医の話では完治は望めないらしく、病気の進行を遅らせるので精一杯のようだ。
しかし、私がそのことを知ったのはつい最近のことで、
父が私には言わないよう、母や担当医に口止めをしたらしい。
私はそんな父の優しさに甘えて、
仕事が忙しい事を理由に父の病室を訪れることは多くは無かった。
「アキ?もしもし?病室をでたぞ」
少し息を切らした父の声が聞こえてきた。
「お父ちゃん、大丈夫?ごめんね、急がせたみたいで」
「これくらい何ともないさ。それよりどうしたんだ電話なんてしてきて」
「私、今、お風呂に入ってるの」
「は?なんだよ急に」
「お母ちゃんからね、仕送りがきたんだけど。