なぜ、ミスを繰り返してしまうのか?
どこが失敗の原因なのか?
どうすれば効率が上がるのだろうか?
働いている時にはそんなことを考える余裕もなく、
目の前の仕事を早く・確実に処理することだけを求められているため、
自身の行いを反省する時間はいつも帰宅してからだ。
一人で考えごとをしてもネガティブな考えに陥りやすい。
私にはこの仕事は向いていないのか?
私にはもっと活躍できる場所があるのではないか?
私はこのままずっと叱られ続ける人生なのか?
誰かに相談をするべきなのは分かっているけれど、
田舎から出てきた私には都会の知り合いなどいるはずもなく、
こうして一人寂しく浴槽を洗いながら、自身の行いを悔いているのだ。
誰の役にも立てないのなら、いっそのこと地元に戻ろうか。
母からのメッセージを見たからか、家族や友人達と、
地元で楽しく過ごした日々が走馬灯のように思い出された。
私が地元にいた頃・・・
アキはいつも笑顔で、友人と漠然とした未来を語り合い、将来に希望を抱いていた。
私はきっと、アキが思い描いていた未来とは別の世界で生きているのだろう。
でなければ、こんなにも大粒の涙がポロポロと落ちてくるはずがない。
もし、私が都会に出てこないで地元企業に就職していたら、
1人で泣きながら浴槽を洗うことは無かったのだろうか。
そして、私がアキだった頃のように幸せな時間の中で生きていたのだろうか。
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
そんなことを考えている間に、浴槽にお湯が張ったようで、
準備ができたことを知らせるアラームが室内に鳴り響いた。
私はふと我に返ったように立ち上がると、
入浴剤の箱を開けて中から1つ取り出した。
大人になった私は入浴剤を1人で選ぶ。
今の私には1人で入浴剤を選ぶ権利と責任が生じるのだ。
選んだのは父が大好きだった”長野五色の湯”。
他の入浴剤でも良かったが、私にはこれしかなかった。
今は少しでも父や家族との思い出により沿いたかった。
入浴剤の袋を破いて、湯船の中へ円を描くようにして流し込む。
この時に浴槽いっぱいに、薄く、大きな円を描くようにするのがポイントだ。
・・・と父が云っていた事を思い出した。
なんでも父が云うには、こうすることで湯の色が濃くなるらしい。
当時の私は、その適当な説明に「すごーい」「そうなんだー」と目を輝かせていたが、
大人になって冷静に考えてみると、そんなことで湯の色が変わるわけもなく、
父の発言が冗談であることは誰にでも分かる。
でも、そんな父とくだらない会話をしながら入るお風呂は、本当に楽しかった。
お風呂に入るというよりも、冒険をしているようなワクワク感があった。
もう長いこと忘れてしまったワクワク感だ。
きっとそれは子供の時だけに感じられる宝なのかもしれない。
入浴剤も混ぜ終り、湯の準備ができると、
私は衣服を脱いで湯船に片足をつけた。