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『アキと私の湯めぐり記』ユウリ


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私は不審に思い、その箱を手に取ってよく見てみると、
表面には温泉のマークやイラストが描かれており、
それは実家で良く使っていた入浴剤だということに気づいた。

数年ぶりに見たそのパッケージに、
私は思わず「懐かしい」と声が漏れた。

大のお風呂好きだった私の父は、この”露天湯めぐりの入浴剤”をこよなく愛しており、
実家には常にいくつかのストックがあった。

私が幼稚園児の頃には、仕事から帰ってきた父親と入浴剤を選び、
よく一緒にお風呂に入ったものだ。

その時、父は幼い私に決まって「今日も一緒に温泉に行くか?」と聞くと、
私の選んだ入浴剤を使用して、一緒に湯船につかるのが日課だった。

父はお風呂に入ると、いつも上機嫌で鼻歌を歌っていたが、
まだ幼かった私がその曲名を知ることも無く、
その歌が”津軽海峡冬景色”だと知ったのは随分と後のことだった。

そんな感傷に浸りながら、おもむろに入浴剤の箱を裏返すと、
そこには母からの直筆メッセージが書いてあった。

「アキ、元気にしてる?また、みんなで温泉に行こうね! 母より」

”アキ”とは母親がつけた私の愛称だ。
”亜希子”の2文字を取って”アキ”。

母親を含めて家族や地元の友人はみな、私のことをそう呼ぶのだ。
コチラに来てから一度も地元に帰っていなかった私には「アキ」という言葉は非常に懐かしい響きであり、
その文字の羅列を見るたびに心の奥がジーンとした。

「たまには湯船につかろうかな」

終電で帰ってくるのが当たり前の日々を過ごしていると、
湯船に毎日浸かることは面倒になり、いつもシャワーで済ませていたが、
母が送ってきてくれた入浴剤を使わないのも勿体なく感じたので、
私は疲れた身体を労わりながらも久しぶりに湯船につかることにした。

それに、何か慣れない事をして意識を別の所に向けたかった。
家に帰ってきてまで、辛い仕事の事は考えたくない。
明日の朝までに提出しなければいけない資料のことも、今は考えたくはない。
一瞬でも良いから仕事の呪縛から解放されたかった。

ズボンの裾をめくり上げて、衣服が塗れないように準備をすると、
私は数える程度しか使っていない湯船を丁寧に洗って、お湯を張る準備をした。

しかし、湯を貼りながらでも考えてしまうのは、やはり仕事のことだった。

今日も上司には酷く叱られた。

新卒で入社した頃には笑顔で許されてきたミスも、
当然のことながら最近では許してもらえなくなり、
自身の存在価値というものを考えさせられる日々だ。

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