最初の二、三年は単純に嬉しかった。今年もまた来てくれた、再び彼に会うことが出来た。彼が私のことを覚えてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。
しかしそれが何年も続くと、次第に彼の来訪を喜べなくなった。
私の人生はもう終わっている。けれど、彼の人生はまだ続いているのだ。私が彼を縛ってはいけない。
私の存在が、彼のこれからを邪魔しているように思えたのだ。私自身が、彼の幸せを妨げる呪いになったような気がした。毎年、律儀に私の墓を訪れる彼に対して、私は罪悪感を抱くようになったのだ。
もう、来なくても大丈夫だよ。
私は充分に報われたのだから。
あなたは、自分の人生を楽しんでね。
彼がやってくる度に、ひっそりとそう願った。ある年、彼はやって来なかった。きっと、自分の人生を謳歌し始めたのだろう。これからの彼の人生に幸あれ。彼の姿を見なかったことに、私は安心した。
しかし、自分の願いが叶ったにもかかわらず、私の心は暗く、冷たいものになった。
それ以降、誰とも接することなくただただ日常を過ごした。幸い、死んだあとも墓場に縛られることなく自由に歩き回ることが出来たので、有り余る時間を苦痛に思うことはなかった。日常はとてもしずかで、なめらかで、何年も続くと私の心はとろとろに溶けて、空と大地の間をたゆたう雲の中に混じってしまった。私は何も起こらない穏やかな日常を、とても気に入っていた。
ところが、である。今年の命日、彼は急にやって来た。私ですら自分の命日を忘れてしまっていたというのに。
私は、自分が体を持っていないことを悔やんだ。もし仮に、私が体を持っていれば、私は嬉しさのあまりぽろぽろ泣いていただろう。この感情の昂ぶりを、表現出来ないことがとても悔しくて、身悶えそうになった。
「はい、あげる」
男の子が手に持っていた花を、私の墓石に供えてくれた。赤いカーネーション、私の好きな花だ。少し早い母の日のプレゼントかと思っていたが、私のための献花だったらしい。彼が覚えていてくれたのだろう。私の墓に供えるなんてもったいないほどの、とても綺麗な赤色だった。
ありがとう。
私の言葉は空気を震わす力を持っていない。伝わらないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
彼が女性と男の子に声を掛けた。当然だ。花を供え故人を偲べば、墓地でやることなど他に何もない。あとはさっさと帰って、生きている人間だけで有意義に時間を過ごすべきだ。
また、来年も来てくれないかな。
うっかり、そんな我儘を考えてしまった。再び彼の姿を見られただけで満足じゃないか、あとはもう何も望まず、彼の幸せを祈り続けよう。
遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、ぼんやりとそう考えた。しかし、予想外のことが起きた。彼の隣を歩いていた男の子が、急にこちらを振り返ったのだ。そして、もみじのような手の平をゆっくり振って、こう言った。
「またね」