私は、彼と女性の生活を勝手に想像して、嫉妬してしまったのだ。たしかに、私と彼は将来を誓い合った仲だった。しかし、今はもう赤の他人なので、彼との関係は途切れている。彼のことを気にしても意味がない。むしろ、心を悪くしてしまうだけだ。ああ、自分はなんてめんどくさい女なのだろう。
帰ろう。
私はあとをつけるのをやめて帰ることにした。これ以上尾行を続けても、何の意味もないと思ったからだ。しかし。
おや?
尾行をやめようとしたとき、奇妙なことに気がついた。私が帰ろうとする方角と、彼らの向かう方角が、ほとんど同じなのだ。これでは尾行するつもりがなくても、自然と後ろをつけてしまうことになる。
まあ、あえて遠回りするのも面倒だし、少し離れて歩けば問題ないか。
なんて、自分自身を納得させるための妥協案を心の中で呟いて、彼らから充分に距離をとってのんびり歩いた。
その後、出来るだけ意識しないよう歩いていたのだが、相変わらず私は彼らの後をつける形になっていた。これはいよいよ、目的地が一緒なのかもしれない。一体彼らはどこにむかっているのだろうと考え始めた瞬間、とても重要なことを思いだした。
ああ、そうか。今日はあの日か。
もし、私の想像通りだとしたら、やはり彼は素敵な男性に成長したのだ。私は自分の想像が正しくなると予感しながら、ゆっくりと彼らの後ろを歩いた。
目的地は綺麗に清掃されていた。今朝私がここを見たとき、ハナミズキの色鮮やかな花びらが落ちていたのだが、今はもう一枚も落ちていない。清掃の人が掃除したのか、それとも春の強い風が彼方へ吹き飛ばしてしまったのか分からないが、赤や白の花びらが見られないのは残念だった。枝から離れた花弁は、雨さえ降らなければ地面に落ちても綺麗なままなのだ。
彼はしっかりとした足取りで進んでいた。靴底から聞こえる規則正しい足音が彼の迷いのなさを表していた。その後ろを男の子が神妙な面持ちで歩いていた。あらかじめ、女性から静かにするよう注意されていた。ここでは無闇にはしゃいではいけないと、本能的に感じ取っているのかもしれない。静寂、見渡す限りの墓石と静けさが、非日常を演出していた。厳かな雰囲気の墓地こそ、この世とあの世の境目だ。
彼は私の名前が刻まれた墓石の前まで行くと、目をつむり手と手を合わせた。どうして彼がここにやって来たのか、それは、今日は私の命日だからだ。
今からはもう十年以上昔の話。ゴールデンウィークを目前に控えた四月下旬の雨の日、私が傘を差して横断歩道を歩いていると、信号を無視して交差点に進入したトラックにはねられた。それから長い暗転があって、気が付くとこの墓地にいた。一瞬なにが起こったのか分からなかったが、近くにある墓石に刻まれた私の名前を見て、私は自分の死を理解した。
悲しくなかったと言えば嘘になる。しかし、私はそれほど落ち込まなかった。ひょっとしたら、人間の感情を生みだすのはどくんどくんと脈打つ心臓かもしれない。心臓が動かなくなった私は、自分が死んでしまったことをあまり気にしなかった。
しかし、私が人間の心を取り戻す瞬間があった。それが元婚約者の彼の来訪だ。私と死別した後、彼は毎年命日になると墓参りにやってきてくれた。