私は混乱する頭を抱えて己の行動を悔やんだ。彼は男の子と戯れた後、ベンチの所までやって来た。そして女性と何やら話を始めた。距離があったので内容を聞きとることは出来なかったが、どうやら、この後向かう場所について相談しているらしい。
久しぶりに一目会えてよかった、元気でね。
なんて、あらかじめ覚悟が出来ていればそんな言葉を投げかけて颯爽と立ち去ることが出来ただろう。しかし、不意打ちを受けた私は彼のことが気になって仕方なくなっていた。その結果、初恋相手の全てを知りたがる少女のように、物事を深く考えず彼と彼の家族を尾行してしまっていた。
「はいこれ、もう忘れるなよ」
彼は手に持っていた花を男の子に花を渡した。どうやら、男の子は花を購入したはいいが、花を受け取らずそのまま母親である女性の所まで戻ってきてしまったらしい。それを、彼が回収したようだ。
「うん! 気をつける」
男の子は元気よく返事をして花を受けとった。これで、一応ミッションコンプリートだ。男の子の持っている花はカーネーションだった。何のために購入したのだろう? 母の日は5月の第2日曜日なので、少々早すぎる気がする。どんな理由にせよ、カーネーションは私の好きな花だったので、見ているだけで嬉しい気持ちになれた。
「フーン、ハーン、ハハハハーン、ポーン」
何の前触れもなく男の子が謎の鼻歌を口ずさみ始めた。それと同時に、花をタクトのようにブンブンと振り回す。どうして幼い子供というのは、こんなにも意味のない言動が大好きなのだろう。
ああ、そんなに乱暴に扱うと花が傷んでしまう。後ろで見ていてヒヤヒヤした。
「めっ、花は大切にしなくちゃ」
女性が男の子を注意した。男の子ははっとした表情をする。そして、花を両手で大事そうに抱え転ばないよう注意しながら歩き始めた。さっきから女性と私は気になる部分が似ていた。ひょっとしたら気が合うのかもしれない。私は女性に一方的な親近感を抱いた。
ところで、まったく関係のない話なのだが、数年振りに会う彼は昔と比べてだいぶ雰囲気が変わっていた。以前よりも見栄えが良い。あり抵に言ってしまえば、彼は私と別れた時よりも男前になっていた。
以前は猫背だったが、今は胸を張ってスッスッと歩いているのでやたら姿勢が良い。そのおかげか、身長が伸びたわけではないのに以前よりも大きく感じる。私と付き合っていたときは自分に自信がないのか、少しおどおどとした所があったが今はそれがない。会社で、やりがいのある仕事でも任されているのだろうか、大人の渋みみたいなものプラスされていた。元婚約者ではなく一女性の意見として、彼は明らかにカッコ良くなっていた
着ている服も変わっていた。昔はよれよれのTシャツを平気な顔で着ていたのに、今はお洒落な襟付きのシャツを着こなしている。皺などなくパリッとしていた。きっと、この女性が彼のためにアイロンをあてたのだろう。そう思うと、意味もなくモヤッとしてしまった。