男の子は花を買ってくるというミッションに失敗してしまったようだ。
「もう、しょうがないなあ」
口では呆れつつも女性は口に手を当てて肩を震わせていた。男の子の可愛らしい失敗が可笑しくて、笑みを我慢出来ないらしい。
「おーい」
女性が頑張って笑いを堪えていると公園の入り口から声が聞こえた。
「買った花、忘れてるぞー」
どうやら、男の子が購入したという花を持って来てくれた人が現れたようだ。
「パパ―」
今までのしょげた態度はどこへやら、男の子は花束を持っている人物目がけて駆け出した。
「こっちよー」
女性も大きく手を振ってそれに応えた。どうやらやって来たのは、女性の夫であり、男の子の父親のようだ。
美しく華やかな女性を妻にもち、元気で愛嬌のある息子を授かった果報者は一体どんな人物なのだろう。好奇心の赴くままに男性の顔を凝視した。
……っ!
その瞬間、私は思わず声をあげてしまいそうになった。花束を抱えて男の子とじゃれていたのは、数年前、私と別れた元婚約者だった。
「絶対綺麗な婚約指輪を贈るから」
それが付き合っていた当時の、彼の口癖だった。私は別に高級なものが欲しかったわけではないけれど、彼が私のために頑張ってくれているというのは嬉しかった。
結局、結婚する前に彼とは別れてしまったので婚約指輪をもらうことはなかったけれど、まさか、こんな場所で数年振りに見かけることになろうとは思ってもみなかった。
いや、冷静に考えれば、彼とこの公園で遭遇する可能性は高かったのだ。なぜなら、以前、私はこの周辺で彼と対面したことがあった。
はぁ。
私は、少し先を歩く彼と彼の家族を盗み見ながら、おそらく世界で最も覇気のない溜息をついた。
急遽、元婚約者である彼と遭遇した私は、戸惑いのあまりベンチの後ろにあった大きな木の後ろに隠れてしまった。彼との再会が突然すぎて、頭よりも先に体が動いてしまったのだ。
どうしてこんな無意味なことをしてしまったのだろう。