私は驚きのあまり、身動きせず固まってしまった。
「どうした?」
彼が愛おしそうに、男の子の頭を撫でた。
「誰か、いたのか?」
「ねえ、パパ。またここに来ようね」
男の子は彼の質問に答えず、女性の手を握った。
「来年も来ましょうね。またカーネーションを用意して」
男の子に手を掴まれた女性は彼にそう言うと、男の子に引っ張られて先に行ってしまった。彼は少しの間子供の行動に反応できずにいたが、しばらくすると「そっか。また来てもいいのか」と呟いた。
「許可が出たから、また来年も来るよ」
彼はすぐ隣にいる私ではなく、墓石に向かってそう告げた。少しして、彼ははっとした表情になった。
「家族連れだけど、別に嫌味でやってるわけじゃないからな。そこだけは誤解しないでくれよ」
彼は顎先に手を当てると、少しの間黙って、じっくり時間をかけてからこう付け加えた。
「妻や子供には、君のことを知っておいてもらいたかったんだ。家族はもちろん大事だけれど、君も、僕の大事な人だから。それじゃあまた」
そう言い残すと、彼は二人の後について墓地を出て行った。一人残された私は、彼の言葉の意味をゆっくり考えた。
私と彼は、家族という形を築くことが出来なかった。本来私がいるはずの場所には、見知らぬ女性がいる。そのことは、とても悲しい。けれど、女性や男の子に抱く、この暖かい感情は一体何なのだろう。彼女たちのことを考えると、胸がどくんどくんと脈打つような気がした。私は、目から溢れ出る実体のない水滴を、幾度も幾度も拭った。