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『八重ちゃんの小さな家』末永政和


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 さすがに昼食の用意はしなければならない。八重ちゃんは勇気をだして書斎の鍵をはずして階段を下りた。その音を聞きつけて、旦那様が階段下へ駆けつける。ここで気のきいた台詞でも言えればいいのだが、旦那様は馬鹿であるからしてそんなことはとても望めない。このときもこう言った。
「なんだお前、腹が減って下りてきたのか。篭城なんて慣れないことをするからだ。所詮は女の浅知恵だな」
 八重ちゃんは身をひるがえして、また階段を上って行った。
「ああっ、今のは冗談だ、ちょっと待ちなさい」
 しかし聞く耳もたず、八重ちゃんは再び書斎に鍵をかけてしまった。階段下では旦那様が情けない顔をして突っ立っている。この愚か者めと、清蔵さんが旦那様の足の甲に爪を立てた。旦那様の悲鳴がむなしく廊下に響き渡った。

 さて、腹が減っては戦はできぬ。八重ちゃんはこの書斎に菓子が隠されていることを知っている。掃除のときに何度も見覚えのない菓子の包装紙を目撃しているのだ。時折訪ねてくる文学青年や骨董屋が手みやげに渡してくれたものであろう。それを独り占めして書斎に隠し持っているのだ。案の定、文机の引出しを開けてみたら上等な菓子が入っていた。
 勝手に食べてしまうのも申し訳ない気がしたが、背に腹はかえられぬと八重ちゃんはえいやっとばかりにお菓子を口に放り込んだ。抹茶味である。抹茶の粉がぜいたくに使われている。考え浅く口一杯に詰め込んでしまったものだから、粉がのどに引っかかってゲホゲホやっている。部屋を見渡してみても、喉を潤すものなど何もない。慌てて窓をあけて眼下を見やると、縁側で旦那様がふて寝しているのが目に入った。八重ちゃんはそっと鍵をあけて、忍び足で階段を下りた。気づかれてはならぬ。
 なんとか台所で水を飲んで、人心地ついた。いつの間にか清蔵さんが足もとにいて、ごろにゃんと身を摺り寄せている。人に甘えるような猫ではないはずだが、機嫌直してくださいようと、清蔵さんも一生懸命なのだろう。
「清蔵さん、私どうしたらいいんでしょう」
 ほっとして気が弛んでしまったせいか、泣きたい気持になってしまった。清蔵さんをぎゅっと抱き締めると、あったかくていいにおいがした。ひとりぼっちは寒々しくてかなわないのだ。私はそれを5年近くも経験してきたが、5年だろうが1日だろうが寂しいものは寂しいのだ。
 台所のテーブルを見ると、煎餅の食べかすが散らかっていた。昨晩の西瓜の残りも食べたらしく、皮と種に蠅がとまっている。
 清蔵さんがちょっと付いてきてくださいと先に立って歩き出す。八重ちゃんは掃除の手をとめてちょこちょこと付いて行く。台所から右に折れて、廊下伝いに離れの縁側へ。そっと柱の影からのぞくと、旦那様が腹を出して居眠りしている。蚊遣りも焚いていないものだから、むき出しのお腹に蚊が止まっている。枕元には織田作之助の「夫婦善哉」が置いてある。もしかしたら反省などしていないのかもしれない。

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