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『八重ちゃんの小さな家』末永政和


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 八重ちゃんは「ひいっ」と声をもらして、その場にうずくまってしまった。かわいそうに、涙目になっている。何が起こったか分からず呆然としている。
 黒い塊は廊下の端まで駆けて行くと八重ちゃんのほうを振り向いて、「にゃあ」と言った。
 それは、古くからここに住み着いている黒猫の清蔵さんだった。私がここに建つ前からこの界隈を根城にしていたというから、相当な年であるのは間違いない。もしかしたら霊猫、いや化け猫のたぐいなのかもしれない。
 清蔵さんは面倒くさそうに八重ちゃんを見やると、その場に座って毛繕いをはじめた。特に八重ちゃんを警戒するふうでもなく、悠揚迫らざるといった雰囲気だ。自分のほうがここの主なのだと思っているのかもしれない。
 ようやく猫であるということに気付いて、八重ちゃんはほっと胸をなでおろした。お化けか何かだと思っていたのだろう。

 旦那様が帰ってきたころには、すっかり日が暮れていた。八重ちゃんは離れの縁側に座って、清蔵さんがしっぽをふりふりするのをぼんやり見ていた。掃除はまだ終わっていなかったけれど、せっかく新しい住まいに越して来たのに夕焼けを見ずにいるのはもったいないと思ったのだろう。
 旦那様は「八重、どこ行った」とドタドタ探しまわって、ようやく縁側で物思いにふけっている八重ちゃんを発見した。旦那様がいる台所の勝手口と八重ちゃんが座っている離れの縁側は、庭を挟んでつながっている。八重ちゃんはぼんやりしすぎて、旦那様が帰ってきたことに気付かなかったらしい。
「なんだ、そんなところにいたのか」
 旦那様は裸足で庭に飛び降りて、すたすた歩いてくる。ゲージツ家というのは、細かいことを気にしないようだ。右手になにか小さな包みを持っている。
「そら、みやげだ」
 めずらしいこともあるものだと八重ちゃんが小首をかしげると、開けてみなさいと言う。
おそるおそる包みを開けると、中には植物の種が入っていた。
「近所に花屋があってな、種だけわけてもらった」
 それだけ言うと、旦那様は腹が減ったと言いながらまた台所に戻っていってしまった。
 何の種か分からなくても、八重ちゃんは嬉しかった。きっときれいな花が咲くんだろう。庭には立派なカエデや夾竹桃や、花の季節は終わったけれどハナミズキも植わっていた。これらは前に住んでいた家族が残していったもので、水をやる人がいなくても立派に育っていた。でもそれ以外は手入れをしていないものだから荒れ地のようになってしまっていた。
 八重ちゃんの手元の種を、清蔵サンが不思議そうに見ている。のどを鳴らして匂いをかごうとする。
「駄目ですよ、これは旦那様がくださったんですから」
 八重ちゃんはかわいらしい顔で清蔵サンをにらみつけると、包みを袂にしまって立ち上がった。夕陽は家並みの向こうに沈みきって、空の果ては橙から赤紫へ、灰色へと移り変わっていた。

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