康則さんは得意げに話し終えた。一瞬、場が静まり返った。みんな料理に箸を付けたり、コップの酒を飲んだりリアクションに困っているようだ。妙な空気が流れだした。そんな中、
「でも、何だか可愛いね。なんだかますます雅俊さんが良い男に思えたわ」と康則さんの奥さんが言った。
「おい、何で雅俊兄ちゃんだと良い男になるんだ。情けない話だろう」
「あの人は何やってもカッコいいの。あんたとは違うの」
奥さんが康則さんにぴしゃりと言った。
この夫婦漫才のようなやり取りに周りは大笑い。場が元に戻った。
確かに面白い話だったけど僕は信じなかった。だって小さい時、家の中に出た虫は全部父が退治していたから。しかも素手で。虫が怖い人の出来る芸当ではない。
僕は隣にいた母に「康則さんも作り話がうまいねえ」と小声で言った。
すると母はほほ笑み「それがさ」と話し始めた。
「お父さん、本当に虫が嫌いなんだよ。康則さんの言う通り」
僕は驚いて母の顔を見た。
「嘘だ。だってうちではいつも」
「あれは、やっぱりあれなんじゃない。よくわからないけど男のプライドとか息子には特に男らしい所見せたかったんじゃないの。だから凄い無理をしていたんだよ」
「もう時効だよね、お父さん」と母は小さな声で遺影に話しかけた。父の顔が何となく困っているように見えた。
我が家ではテレビから流れる球場の歓声とユウマの鳴き声が響く。ナオは殺虫剤を構えて今にも発射させようとしている。
「ちょっと、待って」
「何? どうしたの。虫逃げちゃうよ」
ナオは不思議そうな顔で僕を見た。
「ここは僕にやらせてくれ」
男らしく言ったつもりだった。どうナオに聞こえているか分からないけど。
「ええー。大丈夫なの?」
ナオは心配しながらも鼻で笑っている。
「大丈夫。いいからまかせろ」
僕はナオに背を向けた。
「え? どこ行くの?」
「ちょっと待ってろ」
意気揚々と自室に入り、押入れかを開け、ある物とある物を取り出した。
そして、深呼吸を一つしてから、ダイニングに戻った。
「さあ、倒すぞ」