涙ぐむ母にそう言われて僕は父のグローブを家に持ち帰った。今でもたまに取り出しては眺め、時にははめてみる。記憶の中では体も手もすごく大きかった父だけど、そのグローブは僕にぴったりのサイズだった。
先日、父の七回忌が行われた。遺影の父はやはり男らしくカッコよかった。
「ほらーユウマ。あの人がパパのパパだよ。ユウマのおじいちゃんだよ」
意味が分かっているのかいないのかユウマは写真に見入っていた。このカッコ良さが四歳児に分かるかな。何だかおかしくなって笑ってしまった。
お坊さんがお経をあげた後、ささやかながらあとふきの宴席をもうけた。
宴席では親戚一同が胡坐をかきながら父の武勇伝を肴に楽しそうに盛り上がった。
父が祭りの時、酒に酔って暴れた輩を羽交い絞めにして止めたとか、日本酒を二升飲んだとか、力士に腕相撲で勝ったとかだいぶ話が盛られているような気もしたが、どれも父の姿が容易に浮ぶエピソードだった。
「雅俊さんはいい男だった」と皆が口を揃えた。それには僕も何だか誇らしかった。
ユウマの顔を見て思う。ユウマにとって身近な大人の男は僕だけだ。親戚から父の話を聞くと、唯一の男が自分でいいのだろうか、そう考えると男として自信を失ってしまう。そうは言っても僕が今から父の様になれるとは思えず少し気落ちした。
「どうしたの? 体調悪いの?」
妻のナオにも気遣われる位、僕は考え込んでいたのかもしれない。そんな時、一人のおじさんが喋りだした。そのおじさんは康則さんといって父の従兄弟にあたる人だ。康則さんを父は昔から弟の様に可愛がっていたという。
「みんな知らねえと思うけど、あの雅俊兄ちゃんにも弱点があるんだぞ」
「えっ、どんな?」
皆が興味津々だった。僕も父に弱点があるなんて知らない。
「実はな、雅俊兄ちゃんああ見えて虫が嫌いなんだよ」
「えっー。嘘だ。そんなわけないよ」
周りは康則さんをウソつき呼ばわりする。
「それが本当なんだってばよ。これはな、小さいころの話だけど」
康則さんは何故か声を落として話し出した。
「空き地で二人で野球の練習をしててな、ボールが畑の中に入っちまって雅俊兄ちゃんと探しに行ったんだよ。そん時の雅俊兄ちゃんの様子がおかしいんだよ。なんつーかおしっこ我慢しているみたいに落ち着きがなくてな。そんでしばらくしたら雅俊兄ちゃんが『うわー』って叫びだしたんだ。何かと思ったら雅俊兄ちゃんの足にダンゴ虫が付いていたんだ。それがどうしたのかと思って見てたら『おい、バカ康則、虫とれとれ』って必死で叫んでて、俺も慌てて振り払ったんだ。ただのダンゴ虫だよ? 俺、もうそれにびっくりしちゃって。だって年上にケンカ売られてもビビらない雅俊兄ちゃんがこんな小っこいダンゴ虫に震えてるんだから。あとから聞いたら、虫はアリでも何でも全部怖いんだって」