戸惑う女性に沙織は言った。
「私も子供と通勤をはじめた最初は、舌打ちされたり、迷惑そうな顔されたり、何で子供を乗せるんだって文句言われたり、心が折れそうになりました。でも、中にはわかってくれたり、話してくれたり、助けてくれたりする人もいて、それに気づいてから、私も娘も通勤が苦しくなくなりました。この子はそういう人たちを、通勤電車の友だちって呼んでるんです。この亀は、この子の最初の友だちがくれたもので、ずっとこの子のお守りだったんです。もし迷惑じゃなかったら、もらってやってください。きっと信じていればいいことがあります」
女性は、お守りをじっと見てから、気持ちはうれしい、でも大事なお守りならもらうわけにはいかないと言った。
美知はちょっとがっかりした様子だったが、女性は、代わりにそのお守りの写真を撮らせてくれないかと言う。何かあったら、その写真を見て自分を勇気づけたいからと。美知は笑顔でうなずく。
美知と手をつないで改札に向かおうとした沙織が振り向くと、女性は子供と一緒に、スマホの画面で今撮った写真を見ていた。沙織は、ふと立ち止まり、もう一度女性のもとへ向かった。
今度は自分が、通勤電車の友だちになる番なのだということに気づいて。