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『家族の湯かげん』籐子


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 そう言って笑う女将さんの笑顔は、少し嬉しそうに見えた。

 確かに、その感覚は分かる気がする。
 夫が亡くなった時、もう二度と夫の体温を感じることも、夫の言葉を聞くこともないのかと思うと、喪失というより、絶望だった。二度とそばには寄り添えないという現実が、私には受け止め切れなかった。
 それからの私は、ただ毎日が過ぎていくのをじっと見ているだけだった。人間の形をした抜け殻のように。
 生きているという感覚はなかった。
 しかし、1回忌の朝、庭に差し込む太陽の光がまぶしくて、私は思わず目を細めた。
 桜が、満開だった。
 夫が亡くなった日、風に舞って綺麗に散っていた桜の花が、再び満開になっていた。
「もう、1年が経ったんですね」
 私は、仏壇で笑う夫の写真に話しかけていた。夫は変わらない笑顔で私を見つめている。
 夫がいた世界は、もう戻ってこない。時間は、確実に進んでいた。
 でも、だからこそこの桜の木は、今年も綺麗に花を咲かせたのだ。
 厳しい寒さに耐えて、暖かい春を迎えたのだ。

 その時、私は心の中に温かいものが生まれるのを感じた。それはまるで、抜け殻だった私の身体に、温かいお湯がそそがれるように。
 夫は、今も変わらず、私に寄り添ってくれている。
 繋がっている。そう思った。
 お互いに相手を大切に想う気持ちがあれば、たとえ遠く離れてしまっても、ずっと繋がって生きていける。夫婦や家族の愛は、きっとそういうものなのだろう。亡くなった夫が最後にくれた暖かい贈り物に、私の目は涙でいっぱいになっていた。
 でも、今までの涙とは違う。
 嬉し涙をくれるなんて、最後まで粋な男だ。また、惚れ直してしまった。

 私は、露天風呂へと急いだ。
 美幸は、小さな鼻歌を歌いながら空を見上げていた。
「そんなに長風呂したら、ふやけるわよ?」
 突然の声に驚き、美幸が振り返る。
「びっくりした、お母さんか。大丈夫よ、お父さんとの長風呂で相当鍛えられてるんだから」
「そうね」

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